不妊で離婚|子供ができない・不妊治療で疲れたことを理由に離婚できる?

不妊が原因で夫婦関係が悪化し、離婚を考える夫婦は決して少なくありません。不妊の原因が自分にない場合は特に、離婚後他の相手と再婚して子供を授かりたいと思う人もいるでしょう。
ところで、日本では夫婦間の話し合いで合意できなかった場合、離婚するためには裁判所の手続きを利用しなければならなくなります。ですが、「子供ができないこと」や「不妊治療に疲れてしまった」という理由だけで、裁判所で離婚が認めてもらえるのでしょうか?
配偶者が不妊であることを理由に離婚を請求するのは罪悪感がある、世間体が気になる、と思われるかもしれませんが、そもそも、不妊そのものを理由に離婚することは、法律的に認められるのでしょうか。また、配偶者や自身の不妊だけでなく、不妊治療による影響など、不妊をきっかけとした離婚の理由にはどういったものがあるのでしょうか。
本記事では、不妊にまつわる離婚問題について、裁判所の判断基準や過去の判例を踏まえながら、離婚が認められる具体的なケースや慰謝料の請求の可否について、弁護士がわかりやすく解説させていただきます。
不妊で離婚を検討している方にとって、本記事がご参考となりましたら幸いです。
目次
不妊で離婚
不妊による離婚について見ていく前に、日本における不妊や不妊治療の実態について、簡単に確認しておきましょう。
日本における不妊の実態
不妊(不妊症)とは、12ヶ月以上定期的に避妊せずに性交を行っても、妊娠に至らない状態のことを意味します。
不妊や不妊治療と聞くと、自分にはあまり関係がないこと、珍しいこと、と思う人もいるかもしれません。ですが、国立社会保障・人口問題研究所が令和3年(2021年)に実施した「第16回出生動向基本調査(結婚と出産に関する全国調査)」によると、実際に不妊の検査または治療経験がある夫婦の割合は22.7%という結果になりました。つまり、夫婦の4.4組に1組が、不妊の検査をしたことや不妊治療をしたことがある、ということになります。
また、不妊について心配したことがある夫婦の割合は39.2%(3組に1組以上)となっており、実は身近な悩みでもあるのです。
なお、前回調査(2015年)では「実際に不妊の検査または治療経験がある夫婦の割合」は18.2%(夫婦の5.5組に1組)で、「不妊について心配したことがある夫婦の割合」は35.0%でしたので、不妊に関する悩みが増加傾向にあることがわかります。
参照:第16回出生動向基本調査(結婚と出産に関する全国調査)(国立社会保障・人口問題研究所)
また、不妊の原因は女性だけにあるというイメージが根強いですが、実際には男性側にも原因があるケースが少なくありません。
WHO(世界保健機関)が実施した7,273組の不妊症カップルを対象とした調査結果によると、不妊の原因を割合で見ると、女性のみの場合が41%、男性のみの場合が24%、男女ともに原因がある場合が24%、原因が特定できない場合が11%である、とのことです。
不妊症は女性の問題というイメージとは異なり、男性に原因があるケースも多いことがわかるかと思います。
参照:Epidemiology of Infertility and Recurrent Pregnancy Loss in Society with Fewer Children(日本医師会・久保春海)
不妊の原因
そして、不妊症の主な原因について男女別に見てみると、以下の通りになっています。
【女性の主な原因】
- 年齢(加齢)
- 極端な体重(痩せすぎ・肥満)
- 生活習慣(喫煙、飲酒、過度な運動、ストレス)
- 病気や症状(多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)、子宮内膜症、卵管閉塞、クラミジア感染症、性腺機能異常、染色体・遺伝子異常など)
【男性の主な原因】
- 年齢(加齢)
- 極端な体重(特に肥満)
- 生活習慣(喫煙、飲酒、過度な運動、ストレス)
- 病気や症状(勃起不全、射精障害、無精子症、乏精子症、奇形精子症、性腺機能異常、染色体・遺伝子異常など)
不妊を理由に離婚できる?
以上が基本的な不妊症の概要となりますが、不妊を理由として離婚ができるのでしょうか。
不妊で離婚になるきっかけ
さて、不妊がきっかけで離婚を考えた・離婚をしたケースには、以下のような原因が見受けられます。
- 子供を望む気持ちや不妊治療への取り組み方に温度差がある
- 不妊治療による精神的・身体的な負担に耐えられない
- 治療費用の経済的な負担が夫婦関係を悪化させた
- 治療の失敗が続き、互いに責任を押し付け合うようになってしまった
- 周囲の妊娠・出産報告や親族からの圧力でストレスが増え、夫婦関係が悪化した
- 自分には問題がないため、別の相手と再婚して子供を持ちたいと考えるようになった
- 不妊が原因で夫婦の会話が減り、コミュニケーションが困難になった
- 不妊をきっかけに相手の本音や価値観の違いが明らかになり、夫婦としての信頼関係が崩壊した
- 不妊治療の方針(治療を続ける・やめる・高度治療を受けるかどうか)で意見が対立した
- 不妊の原因を相手に押し付け、相手を尊重できなくなった
- パートナーの非協力的な態度に疲れ果ててしまった
不妊治療は、多くの場合、成功が保証されないまま複数回にわたって行われるため、望む結果を得られないまま心身ともに疲弊してしまうこともあります。治療に対する意識や温度感に夫婦間で差があると、「自分ひとりが苦しんでいる、真剣に悩んでいる」といった思いを抱くことになり、相手への不信感や嫌悪感に繋がることもあるようです。
加えて、周囲からの無神経な言葉や、社会的なプレッシャーがさらに心理的負担を増幅させ、夫婦間の溝を深めてしまうケースも見受けられます。
不妊は単なる医学的な課題にとどまらず、夫婦の関係性そのものに大きな影響を与える問題でもあるのです。
不妊が離婚理由になるケースとは
不妊を理由に離婚する場合、離婚の方法によっては、スムーズに離婚が成立するケースと、離婚が認められないケースとがあります。離婚の方法には主に、①協議離婚、②調停離婚、③裁判離婚の三つの方法がありますが、不妊という理由がどのように扱われるかは、その手続きの性質によって変わってくるためです。
協議離婚や調停離婚の場合、夫婦が離婚することに合意すれば離婚は成立します。この場合、離婚の理由について法律上の制限はなく、不妊であろうと、性格の不一致であろうと、合意さえあれば問題ありません。つまり、「不妊を理由に離婚すること」について、夫婦双方が納得していれば可能なのです。
裁判による離婚となると話は別です。裁判離婚では、民法に定められた「法定離婚事由(民法第770条1項各号)」のいずれかに該当する理由があると認められなければ、離婚できません。
(裁判上の離婚)
民法第770条1項 夫婦の一方は、次に掲げる場合に限り、離婚の訴えを提起することができる。一 配偶者に不貞な行為があったとき。
二 配偶者から悪意で遺棄されたとき。
三 配偶者の生死が三年以上明らかでないとき。
四 配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき。
五 その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。
この条文を見てみると、不妊そのものは法定離婚事由には明記されていません。そのため、不妊が「その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」に当てはまる場合に限り、不妊を理由とした離婚が認められることになるのです。不妊が原因で夫婦の婚姻関係が破綻し、もはや夫婦関係の回復が見込めないことを裁判所に認めてもらう必要があります。
この法定離婚事由に該当する可能性のある不妊のケースとしては、たとえば以下のようなケースが考えられます。
(1)結婚前に不妊であることを故意に隠していた
婚姻に至るまでの過程では、相手に対して誠実であることが求められます。特に、子どもを持つかどうかという点は、結婚生活を築く上で非常に重要な価値観の一つです。不妊の事実を結婚前から認識していたにもかかわらず、それをあえて伏せていた場合、「相手がその事実を知っていれば結婚しなかった可能性がある」と評価されることがあります。
このようなケースでは、婚姻の合意自体が重大な事実の誤認に基づいているとも言え、結婚生活がその根底から揺らいでしまうため、婚姻関係の継続が困難と判断される可能性があります。特に、隠していた側がその後も説明を避けるなど誠実な対応をとらなかった場合、裁判所においても信義に反する行為として厳しく見られることになります。
(2)不妊治療中に配偶者が不貞行為をした
不妊治療中は、排卵や通院のタイミングに合わせて性交渉や精子の採取を行う必要があります。こうした治療を行う中で、義務感や作業感を伴うようになると、夫婦間のコミュニケーションや関係性に影響を及ぼすことがあります。治療の進行に伴う緊張やプレッシャーが積み重なり、性に対する抵抗感や配偶者に対するストレスを感じるようになるケースも少なくありません。
その結果、配偶者以外の異性と不貞行為に及んでしまうといった事態に発展することがあります。不貞行為は民法上定められている離婚原因(法定離婚事由・民法第770条1項1号)となるため、裁判においても離婚請求が認められる可能性が高いといえるでしょう。
(3)不妊治療や妊活に非協力的で、長期間性交渉がない
妊娠を希望して不妊治療や妊活に取り組む際には、夫婦の協力が不可欠です。しかし、一方が積極的に治療を進めたいと考えているにもかかわらず、もう一方が非協力的な態度を取り続けると、関係にすれ違いが生じ、やがて信頼関係にも影響を与えることがあります。
特に、長期間にわたって性交渉がない状態(セックスレス)が続いている場合、夫婦としての基本的な関係性が成り立っていないと判断されることがあります。性交渉はあくまで個々の自由に属する問題ではあるものの、理由のない一方的な拒否が継続しているような場合には、「婚姻を継続し難い重大な事由」(民法第770条1項5号)に該当すると判断される可能性があります。
このような状態が長期間続き、話し合いによる改善も見込めないような場合には、裁判において離婚が認められることもあるでしょう。
(4)不妊をきっかけに他の法定離婚事由が生じている
不妊そのものは法定離婚事由として明記されているわけではありませんが、そこから派生して別の離婚事由が発生することもあります。たとえば、不妊や治療をめぐる対立が原因で一方が家を出て戻らなくなった場合、「悪意の遺棄」(民法第770条1項2号)に該当する可能性があります。
また、不妊を巡って精神的な攻撃や過度なプレッシャーを繰り返し与えるような行為があった場合、言葉の暴力やモラルハラスメントとして、婚姻関係の破綻を招く要因になることがあります。これらの事情が積み重なり、関係修復が困難と判断される場合には、「婚姻を継続し難い重大な事由」として離婚が認められる可能性が高まります。
不妊に直接起因しなくとも、その周辺にあるトラブルや対応のあり方が法定離婚事由と評価されることは十分にあり得るため、具体的な状況に応じた慎重な検討が必要です。
不妊で離婚する場合の慰謝料
不妊が原因で離婚に至った場合、慰謝料を請求できるのでしょうか。
そもそも、不妊そのものに法的な「責任」が生じることはありません。不妊症であることについて、本人に有責性はないからです。そのため、不妊であること自体を理由に慰謝料を請求することはできません。
一方で、不妊をきっかけに夫婦関係が悪化し、次のような事態が生じている場合には、状況に応じて慰謝料請求が認められる可能性があります。
- 不妊治療中に配偶者が不貞行為に及んだ
- 治療や妊活を巡ってモラルハラスメントや暴力(DV)があった
- 不妊に対する差別的な言動や人格否定が繰り返された
このように、不妊そのものではなく、不妊に関連して発生した違法な行為や人格権の侵害行為があった場合には、精神的苦痛に対する慰謝料請求が可能です。実際に慰謝料が認められるかどうかは、具体的な事情や証拠の有無によって判断されます。
そのため、「慰謝料を請求したい」と考える場合には、不貞行為やDVなどの事実を裏付ける証拠をしっかりと収集し、法的に適切な請求ができるかを専門家と相談しながら慎重に進めることが重要です。
不妊で離婚して後悔しないために
不妊に悩んだ末に、離婚を考えるようになるケースは珍しくありません。治療が長引く中で心身の負担が大きくなったり、夫婦の間で温度差が生まれたりすることで、これからの人生をどう歩むかを考え直すきっかけになることもあるでしょう。
離婚してから「やっぱり違ったかもしれない」と感じても、そこから関係をやり直すのは簡単なことではありません。不妊症や不妊治療で悩んでいるときは、ただでさえ精神的・肉体的に追い詰められていて、冷静に物事を考えられない状態です。そんなときに「とにかく現状を変えたい」という勢いや感情だけで離婚してしまうと、「もう少し冷静に考えていれば」と後悔することにもなりかねません。
まずは、自分が感じている不満が本当に不妊そのものに対するものなのか、それとも配偶者の言動や価値観の違いに起因しているのかを整理してみることが大切です。
また、まだ話し合いの余地があると感じる場合は、落ち着いて向き合う時間を持つことも一つの選択肢です。言葉にすることで初めて伝わることもありますし、必要であればカウンセラーなど第三者の協力を得ることも検討しましょう。
そして、離婚するにしても、その後の生活について現実的に検討することが大切です。離婚後は、配偶者の収入に頼ることができなくなるため、経済的な自立が必要になります。現在の収入で生活していけるのか、住まいをどうするのか、もし引っ越しが必要であればその費用や手配はどうするのかなど、具体的な課題を一つひとつ整理していく必要があります。
また、離婚後の人間関係についても考えておくべき点です。家族や親戚との関係性、職場や友人との関わり方がどう変わるか、精神的なサポートが得られる環境があるかなども、生活に大きく影響します。
こうした点を含めて、離婚後に自分がどのような生活を送っていきたいのか、そのために何が必要なのかを、できるだけ冷静に、現実的な視点で検討しておくことが重要です。
感情的に離婚して後悔しないよう、一人で抱え込まず、必要に応じて専門家や第三者に相談することも検討してみてください。
不妊による離婚に関するQ&A
Q1.不妊を理由に離婚することはできますか?
A:離婚の方法によって判断が異なります。夫婦双方が離婚に合意している場合、協議離婚や調停離婚であれば、不妊を理由とするかどうかに関係なく離婚は可能です。
一方で、裁判離婚の場合には、民法が定める法定離婚事由のいずれかに該当する必要があります。不妊自体は法定離婚事由には明記されていませんが、不妊をきっかけに夫婦関係が破綻し、回復の見込みがないと判断された場合には、「婚姻を継続し難い重大な事由」(民法第770条1項5号)として離婚が認められる可能性があります。
Q2.不妊が原因で離婚した場合、慰謝料を請求することはできますか?
A:不妊であること自体に法的な責任があるとはされないため、不妊そのものを理由に慰謝料を請求することはできません。ただし、不妊をきっかけに配偶者が不貞行為に及んだ場合や、治療や妊活を巡ってモラルハラスメントやDVがあった場合などは、その行為自体が慰謝料請求の対象になります。つまり、請求の根拠は「不妊そのもの」ではなく、「それに付随して発生した違法な行為」に基づくことになります。
Q3.離婚後に不妊治療費を請求することはできますか?
A:不妊治療費そのものを離婚後に請求することは原則として難しいですが、事情によっては離婚時の財産分与や当事者間の合意に基づいて、実質的に治療費を清算できる可能性があります。たとえば、一方が全額を自己負担していた場合や、清算に関する合意が証拠として残っている場合などが該当します。具体的な判断は、費用の負担状況や財産の内容によって異なるため、法律の専門家である弁護士にご相談いただくことをおすすめいたします。
まとめ
不妊をめぐる問題は、身体的・精神的な負担だけでなく、夫婦間の価値観や将来の展望にも深く関わってくる非常にデリケートな問題です。時間をかけて治療に取り組んできたものの、気持ちのすれ違いや精神的・経済的負担から、離婚を考えるようになるケースも決して珍しくありません。
本記事でもご説明した通り、どのような手続きで離婚するかによっても離婚の進め方が変わるため、離婚方法について事前に確認しておくことが重要です。たとえば、相手が離婚に合意してくれそうにない場合は裁判に発展する可能性があるため、不妊だけを理由に離婚することはできません。となると、法定離婚事由に当てはまるかを考え、適切に主張立証できるよう、証拠を揃えておく必要があります。
また、不妊をきっかけとした離婚は、法的な論点だけでなく、今後の生活設計や対人関係など、幅広い視点から考える必要があります。どのような形で離婚を進めるのか、そもそも離婚が最善の選択なのかも含めて、誰かと客観的に話すことが判断の助けになることもあるでしょう。
ご自身だけで判断することが難しいと感じる場合は、早めに専門家へ相談することで、適切な対応を取っていくことが期待できます。一人で抱え込まず、後悔しないためにも、弁護士にご相談いただければと思います。
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この記事を書いた人

雫田 雄太
弁護士法人あおい法律事務所 代表弁護士
略歴:慶應義塾大学法科大学院修了。司法修習終了。大手法律事務所執行役員弁護士歴任。3,000件を超える家庭の法律問題を解決した実績から、家庭の法律問題に特化した法律事務所である弁護士法人あおい法律事務所を開設。静岡県弁護士会所属。
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