相続放棄が認められない事例│照会書の不備で失敗に?弁護士が解説!

相続放棄

更新日 2026.01.26

投稿日 2024.02.09

監修者:弁護士法人あおい法律事務所

代表弁護士 雫田雄太

略歴:慶應義塾大学法科大学院修了。司法修習終了。大手法律事務所執行役員弁護士歴任。3,000件を超える家庭の法律問題を解決した実績から、家庭の法律問題に特化した法律事務所である弁護士法人あおい法律事務所を開設。静岡県弁護士会所属。

弁護士法人あおい事務所の相続専門サイトをご覧いただき、ありがとうございます。当サイトでは、相続に関する法的な知識を分かりやすくお届けしております。皆様のお悩みの解消に少しでもお役立ちできましたら幸甚です。

相続放棄をすることで、借金などのマイナスの財産を負担せずに済みますが、相続放棄は必ず認められるとは限りません。

相続放棄の申述を適切に行って認められるためにも、相続放棄が認められないケースにはどういったものがあるのか、実際の裁判例を通して確認していきたいと思います。

そこでこの記事では、相続放棄が認められないケースはどれだけあるのか、現状について確認し、具体的な裁判例を詳しく見ていきます。相続放棄が認められない理由は多岐に渡りますので、その事例でどういった事情があり、どういった理由から申述が却下されたのか・相続放棄が無効とされたのかを知ることが重要です。

また、相続放棄が認められなかった場合には、どのように対応すればよいのかについても、事前に把握しておきましょう。

相続放棄の手続きを適切に進めていただくためにも、本記事が少しでもご参考となりましたら幸いです。

目次

相続放棄が認められない事例

1.相続放棄が認められない可能性は低い?

1-1.相続放棄の申立てと却下件数の現状

遺産相続が始まったら、相続人は相続の開始を知った時から3か月以内に、相続を承認するか、放棄するかを決めなければなりません(民法第915条)。

(相続の承認又は放棄をすべき期間)
民法第915条 相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし、この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる。

相続放棄をすると、初めから相続人でなかったことになるため、借金などを負担したくない場合や、プラス財産よりマイナス財産の方が多い場合に活用されることが一般的です。

そして、この相続放棄は、家庭裁判所に「相続放棄の申述」を申立てることになりますが、必ずしも全ての申述が認められるわけではありません。最高裁判所が発表した司法統計によると、相続放棄の申立て事件について、受理された件数に対する却下された件数と割合は以下のとおりとなります。

区分 件数 割合(%)
認容 302,036 92.6
却下 402 0.1
取下げ 4,494 1.4
その他 2,443 0.7
未済 16,906 5.2
受理件数 326,281 100

参考:令和6年 司法統計年報(家事編)(裁判所)

令和6年、相続放棄の申述の申し立ては約32万件ありましたが、申請が却下されたのは内402件と、数字で見ると相続放棄が認められないケースが非常に少ないことが分かります。ほとんどのケースでは、相続放棄の申立ては認められているのです。

1-2.「却下すべきことが明らかな場合以外は認めるべき」原則

この点に関しては判例においても、「相続放棄の申述を却下すべきことが明らかな場合」以外は、相続放棄の申述を認めるべきである、という考え方が明確に示されています。それでは、その具体的な裁判例を一つ見てみましょう。

「却下すべきことが明らかな場合以外は認めるべき」とされた裁判例

被相続人(平成29年に死亡)の遺産相続につき、被相続人の姉(相続開始前に死亡)の子であるA・B・Cが、代襲相続によって相続人となりました。A・B・Cは被相続人とは顔を合わせたり連絡を取り合ったりすることは一切なく、被相続人の消息を全く知らなかったため、平成31年2月下旬頃に市から「亡〇〇様に係る固定資産税の相続人代表者について」という書類を受領したことにより、被相続人の死亡を知りました。

A・B・Cは相談の結果、面倒に巻き込まれたくないという理由で、相続放棄をすることを決意しましたが、代表者が行えばよいと思っていたため、令和元年5月頃、A一人のみが申述人として記載された相続放棄申述書に3人分の申立費用額に相当する収入印紙を添付して、家庭裁判所へ郵送しました。

令和元年6月上旬頃、市役所からの問い合わせの際に「相続放棄は各人が行う必要があること」と、「被相続人に未払の固定資産税があること」を初めて認識したBが、同月19日に相続放棄の申述を行いました。
あわせて、Bは相続人Cにもしましたが、CはBが家庭裁判所の職員から申述の取下げを検討するよう促されたことなどを聞き、手続きを一時見合わせました。Cは令和元年7月にBから市役所の通知書面を見せられ、具体的に年間2万9000円の固定資産税・都市計画税が発生することを認識し、自身の年金収入で毎年の支払を行うことはできないと考え、7月16日に相続放棄の申述を行いました。

 

第一審では、BとCの行った相続放棄の申述は、「そもそも、Aが共同相続人の代表者であることを明示して被相続人に係る相続放棄申述受理申立てをしたという事実はなく、仮にそのような申立てがされていたとしても、有効であるとはいえない。また、申述人が上記のような誤解をしたことなどは熟慮期間の起算点を後にする理由にならない。」と判断され、却下されました。

(前橋家庭裁判所太田支部令和1年10月3日審判)

この審判を不服として、BとCが即時抗告しました。裁判所は、本件の事実関係を検討した上で、次のように判示しました。

抗告人らの本件各申述の時期が遅れたのは、自分たちの相続放棄の手続が既に完了したとの誤解や、被相続人の財産についての情報不足に起因しており、抗告人らの年齢や被相続人との従前の関係からして、やむを得ない面があったというべきであるから、このような特別の事情が認められる本件においては、民法915条1項所定の熟慮期間は、相続放棄は各自が手続を行う必要があることや滞納している固定資産税等の具体的な額についての説明を抗告人らが市役所の職員から受けた令和元年6月上旬頃から進行を開始するものと解するのが相当である。そして、前記認定のとおり、抗告人Bは同月19日に、抗告人Aは同年7月16日にそれぞれ相続放棄の申述をしたものであるから、本件各申述はいずれも適法なものとしてこれを受理すべきである。
  なお、付言するに、相続放棄の申述は、これが受理されても相続放棄の実体要件が具備されていることを確定させるものではない一方、これを却下した場合は、民法938条の要件を欠き、相続放棄したことがおよそ主張できなくなることに鑑みれば、家庭裁判所は、却下すべきことが明らかな場合を除き、相続放棄の申述を受理するのが相当であって、このような観点からしても、上記結論は妥当性を有するものと考えられる。

(東京高等裁判所令和1年11月25日判決)

 

このように、相続放棄の申述の期限とされる熟慮期間についても、具体的な個別の事情を考慮して、柔軟に検討されています。
それでは、どういった場合に相続放棄が認められないのでしょうか。

2.認められないケース5選

2-1.単純承認が成立した場合

相続人が相続した財産を売却したり、その他の方法で処分したりすると、その遺産全体を受け入れた(単純承認した)とみなされます(民法第921条1号)。

(法定単純承認)
民法第921条 次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。
一 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第六百二条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。
二 相続人が第九百十五条第一項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。
三 相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、この限りでない。

このような、相続人の行為によって自動的に単純承認が成立することを「法定単純承認」と言います。相続人が遺産の全部または一部を処分することによって、借金やその他の負債も含めて遺産全てを相続することを受け入れたということになり、その後の相続放棄が認められなくなるのです。

単純承認に該当する行為

  • 口座からの預貯金の引き出しや解約
  • 相続財産の使い込み
  • 不動産や車の名義変更
  • 有価証券の売買や名義変更
  • 不動産のリフォーム
  • 被相続人の借金の返済や税金・光熱費の支払い
  • 遺産の譲渡や遺品の持ち帰り
  • 遺産分割協議への参加

このように、実際に遺産を使う行為だけでなく、「遺産分割協議への参加」など、相続財産に対する権利の行使も単純承認に当たります。一度これらの行為を行うと、原則として相続放棄の申述が認められなくなってしまうため、注意が必要です。

なお、例えば遺産である建物の雨漏りを修理するなどの「保存行為」は、必ずしも単純承認とはみなされません(民法第921条1号但書)。これは、遺産の価値を保持または保護するための行為、遺産を守るための行動と考えられるため、遺産の所有権を主張するものではないとされています。

2-2.熟慮期間が過ぎてしまった場合

相続放棄を行うためには、相続人が「相続が開始したことを知った時から3か月以内」に行う必要があります(民法第921条2号)。この3か月の期間を「熟慮期間」と言い、相続人が相続財産について把握し、相続するか相続放棄するかについて慎重に考える時間を確保するために設けられています。

この3か月の熟慮期間内に相続放棄や限定承認を行わない場合、相続人は自動的に単純承認をしたものとみなされることになります。

なお、「相続が開始したことを知った時」というのは、「被相続人の死亡を知った時点」もしくは「先順位の相続人全員が相続放棄をしたことを知った時点」を意味します。

通常、熟慮期間は3か月ですが、熟慮期間が経過した後でも相続放棄が認められるケースがあります。特に、相続債務の存在を知るきっかけがなく、後になって初めて債務の存在を知った場合などは、熟慮期間の経過後でも相続放棄が認められる可能性が高いです(上記裁判例参照)。
ですが、正当な理由がない状態で熟慮期間を過ぎてしまうと、相続放棄の申述が認められない可能性があるため、注意しましょう。

2-3.必要書類に不備や不足があった場合

相続放棄を行う際には、家庭裁判所に対して相続放棄の申述書と添付書類の提出が必要です。

添付書類には、被相続人の住民票除票や戸籍附票、放棄する人の戸籍謄本、被相続人の除籍謄本などがありますが、提出した書類に不備や不足がある場合、相続放棄の申述を受理してもらえないことがあります。
また、仮に受理してもらえた場合も、不備や不足があった場合、補正や必要書類の追完を求められることになります。補正や追完に応じなければ、相続放棄の申述が認められない恐れがあるでしょう。

認められない事例③必要書類に不備や不足があった場合・照会書へ回答しなかった場合

参考:相続の放棄の申述(裁判所)

形式的な不備や些細なミスで相続放棄が認められなくなってしまうことを防ぐためにも、必要な書類を正確に把握し、不備・不足がないよう準備を進めることが重要です。

2-4.相続放棄の照会書に回答しなかった場合

相続放棄の申述書を提出した後、家庭裁判所から送られてくる「相続放棄の照会書」に必ず回答する必要があります。

相続放棄の照会書には、「相続開始を知った時期」や「相続放棄が本人の意思によってなされているか」などの質問が記載されています。この照会書に対して回答を返送しない場合も、相続放棄の申述が却下される恐れがあるため、相続放棄の照会書を受領したら迅速に回答を返送しましょう。

2-5.相続放棄が本意ではなかった場合

相続放棄は、本人の意思によって、本人が行うものとされています。
ですので、当然相続放棄することが本人の本意ではなかった場合にも、相続放棄が認められません。

具体的には、以下のようなケースが考えられます。

  • 他の共同相続人に強要されて相続放棄の申述をした。
  • 自分と子供が相続人になるケースで、裁判所の許可を得ずに、子供にだけ相続放棄させた。
  • 勝手に相続放棄の申述書を偽造されて手続きされていた。
  • 被相続人の遺産は借金が多いと、他の共同相続人に騙されて相続放棄を行った。

相続放棄が認められなかった裁判例

それでは、以上を前提に、相続放棄が認められなかった裁判例を見ていきましょう。

1.債権者の異議申し立てにより無効となった裁判例

一度相続放棄が認められても、相続債務の債権者などの第三者が異議申し立ての民事訴訟を提起し、結果として相続放棄が無効となることがあります。
相続放棄した相続人が債権者から訴えられる状況としては、主に以下のようなケースが考えられます。

  • 債権者に相続放棄したことを知らせずにいたため、督促状が送られてきた。
  • 相続放棄申述受理通知書を添えて債権者に相続放棄を知らせたが、相続放棄の有効性を疑われている。

それでは、実際の裁判例を見てみましょう。

債権者の異議申し立てにより相続放棄の申述が無効となった裁判例

この事案は、被相続人の死亡から3か月以上経過した後、「債権者からの訴訟提起によって被相続人に多額の債務があったことを知った」として、共同相続人の一人(控訴人)が行った相続放棄の有効性が争われたものです。

裁判所は相続開始から3か月経過後に行われた本件相続放棄の有効性について、最高裁判所昭和59年4月27日判決(以下、「昭和59年判決」とします。)を示し、次のように述べました。

「民法915条1項本文が相続人に対し単純承認若しくは限定承認又は放棄をするについて3か月の熟慮期間を許与しているのは、相続人が、相続開始の原因たる事実及びこれにより自己が法律上相続人となった事実を知った場合には、通常、上記各事実を知った時から3か月以内に、調査すること等によって、相続すべき積極及び消極の財産(以下「相続財産」という。)の有無、その状況等を認識し又は認識することができ、したがって単純承認若しくは限定承認又は放棄のいずれかを選択すべき前提条件が具備されるとの考えに基づいているのであるから、熟慮期間は、原則として、相続人が上記各事実を知った時から起算すべきものである。もっとも、相続人が、上記各事実を知った場合であっても、上記各事実を知った時から3か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかったのが、被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があって、相続人において上記のように信ずるについて相当な理由があると認められる特段の事情があるときには、相続人が前記の各事実を知った時から熟慮期間を起算すべきであるとすることは相当でないものというべきであり、熟慮期間は相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時から起算すべきものと解される(昭和59年判決)。」

そして裁判所は、「① 被相続人が死亡した時には、相続開始の原因たる事実と、自身が法律上相続人となった事実を知ったと認められること、② 自ら調査することによって、被相続人の相続財産の有無、相続財産の状況等を認識、または認識することができるような状況にあった(少なくとも相続財産が全くないと信じるような状況にはなかった)こと」から、熟慮期間内に相続放棄または限定承認をすることが可能であった、と判断しました。

さらに、「① 相続人は、熟慮期間経過後に他の共同相続人と遺産分割協議を行い、被相続人の積極財産および消極財産を認識しながらその一部を相続していたこと、② 相続人は、遅くとも遺産分割協議の際には、被相続人に多額の債務があることを認識していたこと」から、「このような事情に照らせば、控訴人について、熟慮期間を本件訴状が控訴人に送達された日から起算すべき特段の事情があったということもできない。したがって、控訴人がした相続放棄の申述は相続開始から3か月を経過した後にされたもので、その受理は効力を有しないものというべきである。」と結論付けました。

(大阪高等裁判所平成21年1月23日判決)

2.高価な遺品の持ち帰りが「隠匿」に当たるとされた裁判例

民法では、限定承認又または相続放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿した場合には、単純承認したものとみなす、と定められています(民法第921条3号)。
この事例では、相続放棄した後に相続人が行った行為が「隠匿」に当たるかが争われました。

高価な遺品の持ち帰りが「隠匿」に当たるとされた裁判例

本件は、洋品店経営者である控訴人が、相続人A(被控訴人)に、被相続人に対する洋品売買代金等の支払いを請求した事案です。

相続人Aは、被相続人の負債が少なくとも200万円以上あることを知り、相続放棄の申述を行い、受理されました。その後、2度に渡って被相続人の居所へ赴き、スーツ、毛皮のコート、カシミア製のコート、靴、絨毯、鏡台などの遺品を持ち帰りました。
控訴人は、これらの遺品の持ち帰りが「民法第921条3号の『相続財産を隠匿しまたは私に消費したこと』に該当し単純承認とみなされるため、相続放棄は無効であり、売買代金等債務について支払う義務があると主張し、相続人Aに対して売買代金等の支払いを求めました。

第一審は、相続人Aが持ち帰った遺品について、「無価値とはいえないまでも、それ程の経済的価値を有するものとは思われない」こと、「持ち帰った遺品の一部は不要品として廃棄処分したほか、自身の妹二人に被相続人の形見として分け与え、残りの遺品は相続人Aの家に思い出の品としてそのままの状態で保存されている」ことなどから、民法第921条3号の「隠匿」に該当するとはいえず、「一部の廃品処分行為及び洋服若干を形見分けしたことを目して、背信的な行為と評価することは相当でない。」とし、相続放棄の有効性を認め、相続人Aに本件売買代金等債務についての支払い義務はないと判断しました。

(東京簡易裁判所平成11年9月6日判決)

一方で、控訴審は次のとおりに判断しました。

「前記認定事実によれば、被控訴人が二度にわたって持ち帰った遺品の中には、新品同様の洋服や三着の毛皮が含まれており、右洋服は相当な量であったのであるから、洋服等は新品同様であっても古着としての交換価値しかないことを考慮してもなお、持ち帰った遺品は、一定の財産的価値を有していたと認めることができる。そして、被控訴人は、被相続人の遺品のほとんどすべてを持ち帰っているのであるから、被相続人の債権者等に対し相続財産の所在を不明にしているもの、すなわち相続財産の隠匿に当たるというほかなく、その持ち帰りの遺品の範囲と量からすると、客観的にみて、いわゆる形見分けを超えるものといわざるを得ないのである。」

そして、少なくとも200万円以上の負債があることを知りながら、2度にわたり、一定の財産的価値を有する被相続人の遺品のほとんどすべてを持ち帰っている行為は、「客観的にみると被相続人の債権者等に損害を与えるおそれがあることについての認識は有していたことが推認される。」ことから、「被控訴人の遺品持ち帰り行為は、民法921条3号の相続財産の隠匿に該当するものと評価するほかないから、被控訴人は単純承認したものとみなさざるを得ない。」とし、控訴人の請求を認めました。

(東京地方裁判所平成12年3月21日判決)

通常、衣類などの形見分けは経済的価値の高くないものを想定しているため、遺品を持ち帰ることが直ちに民法第921条の「単純承認」とみなされることはありません。本件は、一定の経済的価値があることから、一般的な形見分けを超えるものとして、「隠匿」と判断された事例です。

3.株主権の行使や口座の名義変更が単純承認に該当した裁判例

法定単純承認に当たる「相続財産の処分」が問題となった裁判例をご紹介いたします。

株主権の行使や口座の名義変更が単純承認に該当した裁判例

会社Lの経営者であった被相続人は生前、銀行からお金を借り受けていました。これを連帯保証し代位弁済した原告が、「被告は被相続人を単純承認したとみなされる」として、被相続人の求償債務を被告に対し請求しました。被告は相続放棄したことを理由に反論しましたが、相続放棄の前に行った、① 株主権の行使と② 口座の名義変更が単純承認に当たるとして争点となりました。

まず① 株主権の行使について見てみましょう。

本件で被告は、相続開始後、相続放棄の申述を行う前に会社Lの取締役に選任されています。そして、取締役選任のためには、被告が元々保有していたL社の株では足りず、被告が選任されたということは、被相続人の遺産である被相続人保有株の一部を、被告を含む相続人らが使用したと推認せざるを得ない、と判示されています。

この行為について裁判所は、「株主権を行使して取締役を選任するには、行使者において誰を取締役に選任するかという積極的な判断あるいは意思決定をせざるを得ない」ことから、この株主権の行使は遺産としてのL社株式の管理にとどまらず、その積極的な運用という性格を有するというべきである、としました。

その上で、民法第921条の「相続財産の処分」について、「相続財産の管理行為と考えられる限度を超える相続財産の取り扱いは、右『相続財産の処分』に該当するものとして単純承認とみなされることとなると解するべきである。この点は、相続人に単純承認する意思がなくても、また自己の利益を図るためではなく、相続債権者に対する弁済のためであるとしても、同様に解するべきである。」と述べ、株主権の行使が民法第921条1号「相続財産の処分」に該当する、と判断しました。

次に、② 口座の名義変更についてです。

被相続人は、生前所有していたマンションをL社に賃貸し、L社はこれを入居者に転貸していました。転貸料の振込先はL社でしたが、L社から被告名義の口座に変更し、また被相続人名義の口座への賃料の支払名義をL社から被告に変更する手続きをしていました。

この名義変更について裁判所は、「被相続人の口座への支払名義をL社から被告に変更するということは、被相続人の相続財産の管理行為にとどまらず、その積極的な運用という性質を有するというべきである。」と述べ、「相続財産の処分」に該当するといわざるを得ない、と判断しました。

以上のことから、被告は、法定単純承認とみなされるような「相続財産の処分」をしたといわざるを得ず、これにより被相続人の債務を承継したこととなる、として原告の請求を認めました。

(東京地方裁判所平成10年4月24日判決)

4.熟慮期間の経過で認められなかった裁判例

相続放棄は、「自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内」にしなければならないと定められています(民法第915条1項)。この3か月の熟慮期間が経過していると判断され、相続放棄の申述が認められなかった裁判例をご紹介いたします。

 

熟慮期間の経過で認められなかった裁判例

被相続人(平成10年1月2日死亡)の遺産相続について、長男Aおよびその他の兄弟B~Eが相続人であるケースです。

被相続人の死亡から約1週間後、遺産である不動産を長男が取得する旨の遺産分割協議が成立しました。B~Eはそれぞれ相続分不存在証明書に署名押印し、平成10年1月27日に長男は「相続分不存在証明書」を用いて、相続を原因とする単独相続による所有権移転登記手続きを行いました。

しかしその後、被相続人の債権者である銀行から相続人らに対し、平成13年8月24日に訴状が送達されたことにより、A~Eは被相続人が連帯保証債務を負っていたことを知りました。そしてこの段階で、被相続人の消極財産の額が積極財産の額を上回ることが判明したのです。
そのため、A~Eは平成13年10月24日付けで相続放棄の申述を行いましたが却下されたため、抗告しました。

(千葉家庭裁判所八日市場支部平成13年11月15日審判)

以下は、その抗告審の判決になります。

裁判所は相続放棄の熟慮期間について、「相続の承認又は放棄に係る3か月の熟慮期間は、原則として、相続人が相続開始の原因たる事実及びこれにより自己が法律上相続人となった事実を知った時から起算すべきものであり、相続人が上記各事実を知った場合であっても、その時から3か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかった原因が、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の事情からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があって、相続人において自己が相続すべき遺産がないと信じたためであり、かつ、そのように信じるについて相当な理由があると認められるときには、当該熟慮期間は相続人が自己が相続すべき財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時から起算すべきものと解するのが相当である(最高裁判所昭和59年4月27日第二小法廷判決・民集38巻6号698頁参照)。」と述べました。

そして、A~Eは被相続人の死亡から約1週間後に遺産分割協議をし、長男Aが不動産を単独取得することで合意し、それぞれ相続分不存在証明書を作成していることから、「遅くとも同日ころまでには、被相続人に相続すべき遺産があることを具体的に認識していたものであり、抗告人らが被相続人に相続すべき財産がないと信じたと認められないことは明らかである。」と判断しました。

加えて、A~Eの「相続人が負債を含めた相続財産の全容を明確に認識できる状態になって初めて、相続の開始を知ったといえる」旨の主張について、「独自の見解であり、採用することはできない。」とし、本件において、A~Eは「遅くとも、遺産分割協議をした平成10年1月9日ころまでには、被相続人の遺産の存在を認識し、自己のために相続の開始があったことを知ったといわざるを得ないから、民法915条所定の3か月の熟慮期間は、同日の翌日を起算日として計算すべき」であるとし、A~Eが行った平成13年10月24日付けの本件各相続放棄の申述は、明らかに熟慮期間を経過した後にされたものと判示し、相続放棄の申述を却下した原審判は正当である、と結論付けました。

(東京高等裁判所平成14年1月16日決定)

熟慮期間の起算点の繰下げについて、相続財産が全くないと過失なく誤信していた場合に限って例外的に繰下げを認める限定説に立った裁判例です。

5.相続放棄の申述却下が即時抗告で覆ることになった裁判例

ここまでは相続放棄の申述が認められなかった裁判例を見てきましたが、当初は却下された相続放棄の申述が、即時抗告によって覆ることになった事例もあります。

相続放棄の申述却下が即時抗告で覆ることになった裁判例

この裁判例は、被相続人の死亡から25年以上経過してから行われた相続放棄の申述受理申立てが却下された事案の抗告審です。

被相続人(昭和63年6月死亡)は、生前は自宅不動産と店舗不動産を所有し、販売業を営んでいました。被相続人には妻Aと子が4人(B~E)います。
このうち、子C~E(抗告人)は実家を離れてからは、被相続人の所に時々行き来する程度の交流をしていました。

被相続人の事業に関しては、子Cは被相続人が死亡してから間もない頃、銀行から融資を受け本件事業を継続するため、被相続人の遺産を分け与えないことにしたいとAから相談されたため、遺産を分けてもらわないでよいと回答しました。結果、被相続人の死後は妻Aが事業を営み、子Bがこれを手伝っていました。C~Eは被相続人の生前を含め事業に関与したことがなく、また、D・Eに関しては、Cが受けたような相談をされていません。

平成8年、自宅不動産及び店舗不動産について、Aを所有者とする所有権移転登記手続きがされました。
ですが、C~EはA・Bと遺産分割協議をしたことはなく、本件所有権移転登記手続きがされたことも知らなかったのです。

平成26年5月13日、C~Eに対し、本件事業に関する貸付金残金の償還に係る状況説明会の開催通知が届き、これにより、C~E初めて被相続人に係る相続債務として本件保証債務が存在することを知りました。そこで、平成26年7月23日にC~Eが相続放棄の申述を行ったところ、却下されたものです。

(佐賀家庭裁判所唐津支部平成26年10月17日審判)

以下は、抗告審となります。

裁判所は「抗告人らは、被相続人が死亡した当日に死亡の事実を知ったが、上記事実を知った時から三か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかったのは、被相続人に係る相続財産は全てAが相続するから、抗告人らが相続すべき相続財産が全く存在せず、かつ、被相続人に係る相続債務は存在しないものと信じたためであり、上記事情からすれば、抗告人らがそのように信じたことについて相当な理由があると認められる。」とし、「本件において、熟慮期間の起算点は、抗告人らが被相続人に係る相続債務が存在することを知った時とすべき」と判示しました。

そして、債務に関する通知を受けたのが平成26年5月13日なので、熟慮期間の起算点は翌日14日になるとし、熟慮期間内である平成26年7月23日に行われた相続放棄の申述は適法なものなので、これを受理するのが相当である、と原審判を取り消しました。

(福岡高等裁判所平成27年2月16日決定)

相続放棄に失敗しないために弁護士へご依頼ください

1.相続放棄のトラブルは弁護士へご相談を

相続放棄の申述は、家庭裁判所で行います。家庭裁判所の受付では、こうした手続きについて基本的な相談を受け付けていますが、具体的な事案の相談をすることはできません。

そのため、相続放棄に関するお悩みは、法律の専門家である弁護士にご相談いただくことをおすすめします。

2.相続放棄に失敗しないための対処法

2-1.相続財産の調査を速やかにかつ正確に行う

相続放棄を成功させるためには、まず相続財産を迅速かつ正確に調査することが重要です。

特に、被相続人の負債が多いと思われる場合には、相続放棄が有力な選択肢になりますが、よく調べてみるとプラスの財産が上回った、などといったケースもあり得ます。反対に、負債がないと思っていたのに、熟慮期間が経過するぎりぎりになって、借金があったことが判明した、というようなこともあるでしょう。

また、財産調査は一般の人でもある程度は行えますが、借金の有無や不動産の詳細、デジタル資産の情報など、専門知識が求められる資産も少なくありません。

相続放棄をするかしないか、検討できる3か月という期間は、想像以上に短いものです。そのため、スピーディーに、徹底して財産調査を進めることが大切です。

2-2.単純承認となるような行為をしない

単純承認とみなされる行為をしてしまうと、相続放棄が認められなくなってしまいます。そのため、相続財産の適切な管理が重要です。

相続人が被相続人の財産に関わる行為を行う場合は、単純承認に該当しないかどうか、慎重に対応してください。自分で判断せず、相続放棄の手続きを含め、専門家に依頼することも検討しましょう。

特に、被相続人の光熱費や税金などの請求書の支払いは、意図せずに行ってしまう可能性があるため、注意が必要です。相続すべきか否か判断が難しい段階では、遺産に手をつけずにいることが最も安全です。

2-3.できるだけ速やかに手続きを行う

本記事でも解説いたしましたが、相続放棄には、法律で定められた3か月という期間制限があります。このため、相続放棄をすると決めたら、できるだけ速やかに手続きを開始することが望ましいです。

相続放棄の申立てには、必要書類の作成や収集など、時間と手間のかかる作業が伴いますので、余裕を持って早めに準備を進めましょう。

また、被相続人に借金があった場合、請求書や督促状といった郵便物が届くことによって、初めて借金の存在が明らかになることがあります。裁判例でも検討されていたように、こうした通知を受け取った日が熟慮期間の起算点とみなされることがあります。そのため、債務に関する通知を受け取ったら、直ちに弁護士に相談し、適切な対応をとることが重要です。

なお、財産調査が難航し、期限に間に合わない場合には、期間の延長を家庭裁判所に申し立てることも検討しましょう。ただし、延長の申し立ては必ず認められるとは限りませんので、こちらに関してもなるべく早めにご相談いただくことをおすすめいたします。

2-4.照会書にはきちんと回答する

相続放棄の申し立て手続きを行った後、家庭裁判所から相続放棄に関する照会書が送られてきます。
照会書には、申述者の意思を確認するための重要な質問が記載されています。例えば、なぜ相続放棄をすることにしたのか、相続財産の状況をどの程度理解しているのか、単純承認にあたる行為がなかったか、などが問われます。照会書への回答内容は、相続放棄が受理されるかどうかに影響するため、適切に回答しましょう。

照会書への回答が不十分だと、相続放棄の申述が認められない恐れがあるため、内容には慎重に記述してください。回答した内容に関しては、家庭裁判所が追加で聴き取りを行うか、出頭を求めることもあります。このような審査を経て、相続放棄が受理されると、家庭裁判所から「相続放棄受理通知書」が送られ、手続きは完了するのです。

不適切な回答により相続放棄の申述が却下されてしまうこともありますので、事前に弁護士に相談していただければと思います。

万が一申立てが却下された場合は、高等裁判所への即時抗告により再審理を求めることができます。ですが、不受理の決定を覆すためには相当な理由が必要であり、理由がない場合は即時抗告も却下されることになりますので、なるべく最初の相続放棄の申述が受理されるように、適切に対応しましょう。

2-5.次の相続人に相続放棄することを伝える

遺産相続においては、子どもが第1順位、親や祖父母などの直系尊属が第2順位、兄弟姉妹が第3順位と、法定相続人となる順位が定められています(民法第887条・同第889条)。

そのため、先順位の相続人が相続放棄をすると、自動的に後順位の相続人に相続権が移ります。これにより、マイナスの財産も含めた相続財産が次の順位の相続人に渡ることになります。

もし先順位の相続人が黙って相続放棄をすると、後順位の相続人が、突然債権者から借金の返済を請求されるといった事態に直面する可能性があります。相続放棄を考えている場合は、その意思を後順位の相続人に事前に伝えることが大切です。実際に相続放棄が認められた場合にもそれを伝え、後順位の相続人と無用なトラブルにならないよう、連絡を取っておくことが重要です。

相続放棄が認められない事例に関するQ&A

Q1.相続放棄が認められないのはどのような場合ですか?

A:例えば、不動産の売却や被相続人の銀行口座からの資金引き出しといった、被相続人の財産を処分するような行為や、被相続人の借金や請求書の支払いなどの相続財産に関わる行為をした場合、単純承認とみなされ、相続放棄ができなくなります。また、相続開始の事実を知ってから3か月を過ぎてしまった場合も、相続放棄が認められないことが多いです。

Q2.相続放棄をしたいが、被相続人の請求書の支払いをしてしまった。何か問題はありますか?

A:問題になる可能性があります。被相続人名義の請求書を支払うことは、被相続人の負債を引き受ける行為とみなされるため、単純承認したと解釈されるリスクがあります。これにより、相続放棄の申述が受理されない恐れが生じます。相続放棄を検討している場合は、被相続人の未払いの請求書に対して支払いを行う前に、十分な検討が必要です。

Q3.相続放棄の申述をする前に、遺品整理をしましたが問題になりますか?

A:整理をした遺品の内容によります。形見分けや、明らかに価値のない物の処分であれば問題にならないこともありますが、価値の高い遺品を引き取ったり、換金性のある物を売却したり処分した場合には、相続財産の処分や隠匿による単純承認があったものと判断され、相続放棄の申述が認められなくなる可能性があります。

まとめ

本記事では、相続放棄が認められない事例について、弁護士が詳しく解説させていただきました。

相続放棄の手続きは複雑で、申述が可能な期間は3か月と短く、相続財産の調査に時間がかかると、手続きをするのも期間ぎりぎりになってしまいかねません。

相続放棄を検討している場合は、法律の専門家である弁護士にご相談いただければと思います。

弁護士法人あおい法律事務所では、相続放棄に関してのさまざまなお悩みをお受けしております。当法律事務所の弁護士による法律相談は、初回無料となっております。対面によるご相談だけでなく、お電話によるご相談も行っておりますので、ぜひお気軽にお問合せください。

この記事を書いた人

弁護士法人あおい法律事務所
代表弁護士

雫田 雄太

略歴:慶應義塾大学法科大学院修了。司法修習終了。大手法律事務所執行役員弁護士歴任。3,000件を超える家庭の法律問題を解決した実績から、家庭の法律問題に特化した法律事務所である弁護士法人あおい法律事務所を開設。静岡県弁護士会所属。

家庭の法律問題は、なかなか人には相談できずに、気付くと一人で抱え込んでしまうものです。当事務所は、家庭の法律問題に特化した事務所であり、高い専門的知見を活かしながら、皆様のお悩みに寄り添い、お悩みの解決をお手伝いできます。ぜひ、お一人でお悩みになる前に、当事務所へご相談ください。必ずお力になります。