扶養的財産分与とは|相場の金額、裁判例などを弁護士が徹底解説
離婚後は、それぞれの経済力に応じて生活することになります。離婚した一方の配偶者には、他方に対して離婚後も婚姻中と同程度の生活を保障する義務まではありません。そうなると、離婚後の将来の生活に経済的な不安を抱く方もいるのではないでしょうか。
このように、元夫婦それぞれが経済的に自立して生活するのが原則ですが、これが困難な場合に補充的に認められているのが「扶養的財産分与」です。
本記事では、扶養的財産分与の詳しい内容や、扶養的財産分与を求める際の条件、裁判例などについて、詳しく解説してまいります。
目次
扶養的財産分与
離婚を考える夫婦は、婚姻期間中の共同の経済活動を考慮し、夫婦で築き上げた財産を適切に分ける必要があります。この離婚時の財産の分配のことを、「財産分与」と言います。
そんな財産分与には、次の3つの種類があります。
- 清算的財産分与
- 扶養的財産分与
- 慰謝料的財産分与
もっとも、実務上は、3種類についてそれぞれに財産分与を行うのではなく、この3つの視点を考慮した上で、財産分与の合計金額を決めることもあります。
本記事では、これらの3つの種類の中でも、「扶養的財産分与」に関して詳しくご説明させていただきます。
扶養的財産分与とは
元夫婦それぞれが経済的に自立して生活するのが原則ですが、これが困難な場合に補充的に「扶養的財産分与」が認められています。
このように、扶養的財産分与は、あくまでも例外的に認められるものにすぎません。扶養的財産分与が認められた具体的な例を挙げると、次のようなケースです。
特段の資産のない会社事務員として勤務している妻(被告・50歳代)が、退職年金を受給し自宅を所有している夫(原告・63歳)に対して財産分与を求めた事例です(東京高判昭和58年9月8日判時1095・106)。
この事例について、東京高裁は、「今後の当事者双方の生活の経済的基盤を考えると、原告は、既に63歳に達してはいるが、前記宅地、建物を固有財産として所有し、前記退職金年金も受給しているので、この先長く現在の勤務を所沢市の家を明け渡さなければならなくことでもあり、その資産からいっても、職業・年齢等からいっても、今後の生活の維持につき多大の不安が存するものといわなければならない。以上に加えて、別居後における原告の被告に対する仕送りが必ずしも十分なものであったとはいい難いことその他本件に顕れた一切の事情をも考慮すると、財産分与として、原告は被告に対し金1500万円を支払うべきものというべきである。」と判示しました。
このように要扶養性が高い場合に扶養的財産分与が認められることもあります。
なお、この裁判例では、明確に扶養的財産分与を主張したケースではありませんが、1500万円のうち約1000万円の扶養的財産分与を認めた裁判例として位置づけられています。
また、特に協議の場面における扶養的財産分与については、具体的な金額や支給期間などを夫婦間での話し合いで決めることになります。
扶養的財産分与としての給付は、それを受け取る側にとって非常に重要であるため、その旨を離婚公正証書に定めると良いでしょう。
扶養的財産分与の対象となるのは、もちろん現金や預貯金だけではありません。
たとえば未成年の子どもがいる場合、親権者・監護者である母と子の住居確保を目的として、住宅の譲渡や無償での貸与が行われることもあります。離婚時に住宅ローン返済中であった場合は、離婚後も住宅には母子が住み続け、ローンの返済は夫が続ける、という条件で離婚することも考えられます。
また、扶養的財産分与の内容は、元配偶者の生計の維持を目的とするものであるから、財産分与の対象財産の範囲は問題とならない点が、清算的財産分与と異なります。したがって、扶養的財産分与にあたっては、特有財産も考慮して決めることができます。
扶養的財産分与が認められるためには
ところで、扶養的財産分与が認められるためには、どのような条件が必要でしょうか。
扶養的財産分与に関して、当事者間で話し合いによる合意や調停が成立する場合は、その内容に基づき支払いが行われます。この際、特に条件や決まり事等はありません。
合意に至らず、審判や裁判が必要となった場合、家庭裁判所は民法第768条3項に基づき判断します。もっとも、下記のとおり、民法768条を見ても、どのように扶養的財産分与が行われるかはわかりません。
(財産分与)
民法第768条 協議上の離婚をした者の一方は、相手方に対して財産の分与を請求することができる。
2 前項の規定による財産の分与について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、当事者は、家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求することができる。ただし、離婚の時から二年を経過したときは、この限りでない。
3 前項の場合には、家庭裁判所は、当事者双方がその協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮して、分与をさせるべきかどうか並びに分与の額及び方法を定める。
扶養的財産分与額算定の基準を裁判例が示しているので紹介します。
このように、扶養的財産分与が認められるためには、一般に、求める側には、要扶養性が要求され、相手方には扶養能力が要求されます。そのため、双方の特有財産も含めた資産状況、収入、将来の所得の見込み、扶養義務を負う他の親族の存在等が考慮されます。
より具体的にいうと次のようになります。
- 相手方の支払能力(相手方の特有財産も含めた財産状況や、離婚後の所得の見込みを考慮)
- 相手方に被扶養者がいるかどうか(例えば、相手方が高齢の親と同居している場合には、親の扶養が優先されます。)
- 相手方の有責性(婚姻破綻の原因が相手方にある場合には、離婚による不利益を求める側に負わせるのは不公平であり、求める側の生計を維持する責任はより大きくなると考えられています。なお、求める側に有責性がある場合には、扶養的財産分与が認められないと考えられています。)
- 求める側に要扶養性があること(例えば、収入の有無や清算的財産分与、慰謝料、固有財産が相当程度ある場合には、要扶養性がないと判断される場合があります。)
扶養的財産分与の相場
さて、生活保障のための扶養的財産分与ですが、離婚後も継続してずっと支払い続けるのは、支払う側にとっては、経済的にも精神的にも、少なくない負担があるかと思います。
一体、いつまで支払い続ければいいのか、支払期間や金額の相場が気になる方もいらっしゃるのではないでしょうか。
金額の相場や支払期間
離婚後における相手方の生計の維持を目的として扶養的財産分与が行われるため、一般的には、生活費を給付する形で行われ、支払期間や支払額について明確な基準があるわけではありません。相手方が自活できるまでの期間や財産状況や生活状況を考慮して、無理のない範囲で決めると良いでしょう。
扶養的財産分与の支払期間は、夫婦の具体的な状況によりますが、一般的には1年から5年間とされています。
支払期間については、若年離婚では短く、高齢での離婚の場合は、長くなる傾向があり、10年から20年に及ぶという考え方もあります。
そして、支払う金額や期間については、一般的に、次のような事情を考慮して決めていくことになります。
- 元配偶者の財産状況、生活状況
- もう一方の収入や財産状況
婚姻費用相当額を1年から5年間程度支払うという内容の扶養的財産分与が一般的です。
なお、裁判例の中には、支払期間を3年としたものもあります。
税金はかかるの?
扶養的財産分与は、その内容によって、課税されない場合と課税される場合があります。
扶養的財産分与では、基本的に税金はかかりません。これは、扶養的財産分与が「贈与」ではなく、離婚後の生活保障のための、財産分与請求権に基づくものと考えられるからです。
しかしながら、次のようなケースでは、生活保障のための分与ではなく贈与とみなされ、贈与税がかかる可能性があります。
- 分与された財産の額が婚姻中の夫婦の協力によって得た財産の額やその他すべての事情を考慮してもなお多過ぎる場合
- 離婚が贈与税や相続税を免れるために行われたと認められる場合
また、不動産を取得したときには、不動産を取得した側に対して課される地方税である、不動産取得税を納税しなければならない可能性もあります。
期間が長くなるケースとは
扶養的財産分与は、離婚後の元配偶者の経済的自立が整うまでの、生活保障を目的として行われる財産分与です。
そのため、熟年離婚など、再就職が難しいような高齢である場合には、経済的自立は難しいからという理由で、支払いを受ける期間が相場よりも長くなることがあります。
一方で、熟年離婚の相手方も、定年退職によって収入が減少する可能性があります。そうなると、熟年離婚で扶養的財産分与をしても少額であったり、扶養的財産分与自体ができない、というケースも少なくありません。
病気で働けない妻との離婚【裁判例】
扶養的財産分与は、経済的自立ができるようになるまでの生活保障のためのお金です。
そのため、たとえば、うつ病などの病気で離婚後の就労が見込めないケースなどでは、病気のために働けない、生活に十分なお金を稼げない、ということを証明する必要があります。
病気であるという事実だけではなく、それによって就労ができず、経済的自立が困難であることを証明する必要があります。具体的には、以下の資料を証拠として用意することが考えられます。
- 診断書
- 就労していないことを示す資料(非課税証明書)
- 就労中であれば、収入を示す資料(源泉徴収票や課税証明書)
たとえば、うつ病で働けないという時には、医師の診断書に病名と就労できないことの記載を書いてもらうと良いでしょう。
これらの資料を用意することで、扶養的財産分与の必要性をより説得的に裁判所に伝えることができます。
扶養的財産分与の裁判例
それでは、病気のため就労が困難であることを理由として、扶養的財産分与が認められた裁判例をご紹介いたします。
こちらの裁判例(東京地方裁判所昭和60年3月19日判決)では、以下の通りの事実がありました。
【事実】
原告である妻は、長い間、結核のため療養所に入院していましたが、被告である夫との婚姻後も喘息など病気がちのため職に就くことができませんでした。
婚姻関係が続く中、夫は自身の預金通帳と妻の預金通帳を持ち、突然家を出ていきました。
家出後、夫が妻の弟の妻に金品を送っていたことや、弟の妻の家に宿泊していたことことが判明しました。
以上のような事実関係のもと、裁判所は、次のように述べて、扶養的財産分与として150万円の支払い義務があることを示しました。
【扶養的財産分与の請求についての裁判所の判断】
財産分与にあっては、右のほか離婚後の扶養という観点からも検討を要すべきところ、その生活状況からみると、被告も安定した生活を送っているとは言えないが、原告は、それにも増して病弱のうえ、困窮した生活を余儀なくされていることは否定し難く、その年齢、健康状態から今後稼働することも極めて困難である。
従って、被告は、原告に対し離婚後の扶養という意味でも財産分与をすべきであるといわねばならない。
しかして、本件離婚原因は、被告に専らその有責性が認められること、その他の諸事情を斟酌するとき、その財産分与額は金150万円とするのが相当である。
なお、この裁判例では、財産分与の金額が150万円と判断されたわけではありません。この150万円とは、あくまで「扶養的財産分与」としての150万円になります。
本事例においては、扶養的財産分与の他にも、清算的財産分与として1170万円の財産分与も認められており、本件の財産分与の総額は、1320万円となっております。
払いたくない・・・拒否できる?
扶養的財産分与は、離婚後の生活を保障する側面があります。
たとえば、妻が離婚後に資力のある実家に帰る場合や実家が経済的に安定している場面では、妻の生活保障が既に確立されていると判断されることが多いです。このような状況では、夫が扶養的財産分与を支払う必要が低くなることが考えられるでしょう。
しかし、このような判断は各ケースの状況に応じて異なります。
妻から扶養的財産分与の支払いを請求されている状況で、たとえ妻が実家暮らしだったとしても、「実家にいるのだから要らないだろう。」と勝手に判断したり、支払いを打ち切ってしまうのはよくありません。
妻から扶養的財産分与の請求があり、夫が支払いを拒否したい場合、最初に夫婦双方での話し合いによって、意思を共有し、合意内容を確認しましょう。
もし、話し合いによっても双方の意見が合致しないときは、弁護士に相談したり、調停や審判といった裁判手続きを利用して、扶養的財産分与について適切な判断を仰ぐことが考えられます。
これにより、公平かつ合理的な判断を期待することができるでしょう。
扶養的財産分与に関するQ&A
Q1.扶養的財産分与の必要性は何ですか?
離婚後は、元夫婦それぞれが経済的に自立して生活するのが原則ですが、これが困難な場合に、他方の生計の維持を図るために必要になります。
Q2.扶養的財産分与の計算方法はどのようになっていますか?
扶養的財産分与の具体的な計算方法は、夫婦間の協議や法的手続きにおける裁判所の判断によって異なる場合があります。
一般的には、元配偶者の収入、財産状況、生活状況ともう一方の財産状況等を考慮して決めます。具体的な計算方法を知りたい場合は、専門家や弁護士に相談することをおすすめいたします。
Q3.扶養的財産分与と慰謝料との関係を教えてください。
扶養的財産分与と慰謝料は、異なる概念です。
扶養的財産分与は、他方配偶者の離婚後の生計を維持することを目的としています。
一方で、慰謝料は、離婚の原因となった配偶者の過失や不貞行為、またはその他の行為に対する精神的な苦痛の補償を目的とするものです。離婚が一方の夫婦の行為により引き起こされた場合、その影響を受けた方が慰謝料を請求することができます。
このように、それぞれで目的が異なり、それぞれ異なる基準と計算方法に基づいて額が算定されます。
まとめ
さて、本記事では、扶養的財産分与についてご説明させていただきました。
扶養的財産分与とは、離婚によって収入が減少し、経済的自立が困難となる元配偶者に対して、他方配偶者が一定の金銭や財産を分与することです。扶養的財産分与は、必ずしも行われるものではなく、あくまで「経済的自立の準備」と「生活保障」を前提としたものであることを、ご理解いただけたのではないかと思います。
扶養的財産分与の具体的な内容及び程度は、当事者の資力、健康状態、就職の可能性等の事情を考慮して定めることになります。
本記事で解説したとおり、具体的には、夫婦の個々の事情に応じて判断されることになります。より詳細に知りたい場合には、弁護士に相談すると良いでしょう。
扶養的財産分与の決め方としてまず考えられるのは、話し合いです。話し合いによって合意できない場合、審判や裁判といった裁判所での手続きに進みますが、夫婦間の協議によって、双方が納得できる内容で合意できると早期解決が期待できます。
とはいえ、話し合いは感情的になってしまうので難しい、かといって裁判手続きをする余裕はない、という方も少なくはないでしょう。
ですが、扶養的財産分与は、離婚に伴う重要な権利のひとつですから、ひとりで悩んで諦める前に、弁護士にご相談いただければと思います。
扶養的財産分与の内容や、請求手続きはケースバイケースです。ご相談者様の状況に応じて、専門的な知識や経験から、適切なサポートをご提供いたします。扶養的財産分与を請求する場合や、相手方から請求された場合は、法律事務所や弁護士といった法律の専門家にご相談いただくことをおすすめいたします。
扶養的財産分与に関するお悩みやご相談がありましたら、ぜひお気軽にお問い合わせください。
この記事を書いた人
雫田 雄太
弁護士法人あおい法律事務所 代表弁護士
略歴:慶應義塾大学法科大学院修了。司法修習終了。大手法律事務所執行役員弁護士歴任。3,000件を超える家庭の法律問題を解決した実績から、家庭の法律問題に特化した法律事務所である弁護士法人あおい法律事務所を開設。静岡県弁護士会所属。
家庭の法律問題は、なかなか人には相談できずに、気付くと一人で抱え込んでしまうものです。当事務所は、家庭の法律問題に特化した事務所であり、高い専門的知見を活かしながら、皆様のお悩みに寄り添い、お悩みの解決をお手伝いできます。ぜひ、お一人でお悩みになる前に、当事務所へご相談ください。必ずお力になります。