離婚後なぜ妻は苗字を変えない?旧姓に戻さない理由や手続き
結婚の際、妻が姓を変え、夫の苗字になっている夫婦が一般的には多いかと思います。そのため、離婚することになった場合、妻は自分の苗字を旧姓に戻すのか、あるいは夫の苗字のまま変えないで、離婚後も婚姻時の姓を名乗り続けるか、という選択に悩むこともあるでしょう。
離婚後も苗字を変えないことを選ぶ妻は、果たしてどういった理由から苗字を変えないことを決断するのでしょうか。苗字を変えることのメリットやデメリットはあるのでしょうか。
また、離婚後に苗字を変えないために、妻が行わなければいけない手続きなどはあるのでしょうか。
そこで、この記事では、離婚後も苗字を婚姻時から変えないで生活することを選ぶ妻に着目し、その背景や理由、そしてそれに伴う手続きの詳細や、姓を変えないことで生じる諸々の影響について、弁護士が詳しく解説いたします。
この記事が、離婚後の姓の選択を検討するにあたって、ご参考となりましたら幸いです。
目次
婚姻中の夫の姓から妻の旧姓に戻るのが原則です
離婚後に妻が苗字を変えないことの理由等について見ていく前に、日本における婚姻時の姓と離婚との関係について、簡単にご説明させていただきたいと思います。
日本では原則として、「婚姻によって苗字を変えた夫または妻」は、離婚により「旧姓(婚姻前の苗字)に戻る」よう定められています(民法第767条1項)。このように、離婚後に旧姓に戻ることを「復氏」といいます。
(離婚による復氏等)
民法第767条1項 婚姻によって氏を改めた夫又は妻は、協議上の離婚によって婚姻前の氏に復する。
婚姻前の旧姓に苗字を戻すための手続きは、基本的には離婚届の提出と同時に行います。離婚届の「婚姻前の氏にもどる者の本籍」欄に、婚姻前の旧姓に戻る方が本籍を記入します。この時、たとえば妻が離婚によって旧姓に戻る場合は、離婚届の婚姻前の氏にもどる者の本籍欄にて、「妻」と「もとの戸籍にもどる」にチェックを入れます。
以上の通り、婚姻によって苗字を変えた方は、離婚によって旧姓に戻ることが原則となりますが、これは義務ではないため、婚姻中に名乗っていた配偶者の苗字を、離婚後も継続してそのまま名乗り続けることも可能です。
なお、離婚後に苗字を変えない場合は、離婚届を記入するだけでは足りず、別途手続きが必要となりますので、以下に解説させていただきます。
離婚時に苗字をそのまま変えないための手続き方法
離婚後も婚姻中の夫の苗字を妻がそのまま使い続けたい場合は、離婚時に苗字を変えないための手続きを行わなければなりません。この手続きを、「離婚の際に称していた氏を称する届出(婚氏続称の届出)」といいます(戸籍法第77条の2)。
民法第767条2項
前項の規定により婚姻前の氏に復した夫又は妻は、離婚の日から3ヶ月以内に戸籍法の定めるところにより届け出ることによって、離婚の際に称していた氏を称することができる。戸籍法第77条の2
民法第767条第2項(同法第771条において準用する場合を含む。)の規定によって離婚の際に称していた氏を称しようとする者は、離婚の年月日を届書に記載して、その旨を届け出なければならない。
婚氏続称の届出は、離婚届の提出と同時に行われることが一般的です。離婚届の提出と同時に手続きを行う場合の手続き方法は、次の通りとなります。
- 離婚届の「婚姻前の氏にもどる者の本籍」欄には何も記入しない。
- 婚氏続称の届出書に記入する。
- 届出人の本籍地・住所地または所在地の市区町村役場に、離婚届と一緒に提出する。
- 本籍地以外の市区町村へ提出する場合は、夫婦の戸籍謄本も提出する。
この婚氏続称の届出の手続きは、離婚届の提出と同時でなくても可能です。
ですが、上記の民法第767条2項の規定の通り、婚姻中の夫の苗字を変えないで離婚後も妻が名乗り続ける場合には、離婚から3ヶ月以内に「離婚の際に称していた氏を称する届出」を提出しなければなりません。
そのため、婚姻中の夫の苗字を離婚後も妻が名乗り続けることを希望する場合には、離婚届の提出と同時に、「離婚の際に称していた氏を称する届出」を提出しておくと安心でしょう。
もし、離婚から3ヶ月を過ぎてしまうと、役所へ届け出る手続きではなく、家庭裁判所の許可を経て手続きを行わなければならなくなってしまいます(戸籍法第107条1項)。
戸籍法第107条1項
やむを得ない事由によって氏を変更しようとするときは、戸籍の筆頭に記載した者及びその配偶者は、家庭裁判所の許可を得て、その旨を届け出なければならない。
そのため、なるべく離婚届と同時に婚氏続称の手続きも済ませられるよう、前もって準備しておくことをおすすめいたします。
婚姻中の苗字をそのまま変えないための手続き方法については、以上の通りとなります。届出の手続きの際には、本人確認書類が必要になることもあるため、手続きを行う市区町村役場で、事前に手続き方法について確認しておくと良いでしょう。
続いて、婚姻中に名乗っていた夫の苗字を離婚後もそのまま変えないで名乗り続ける妻について、どのような理由やメリット・デメリットがあるのかを見ていきたいと思います。
なぜ?旧姓に戻さない理由は何?
それでは、なぜ離婚後にそのまま夫の苗字を使い続けて、旧姓に戻さないことを選択するのでしょうか。
ここでは、離婚後に妻が旧姓に戻さないことの理由について、それぞれのメリットとデメリットを踏まえて見ていきたいと思います。
妻が苗字を変えないことの4つのメリット
妻が苗字を変えないことのメリット1.名義変更の手間が省ける
離婚後に苗字を変えないことで、運転免許証やパスポート、銀行口座、保険証など、日常生活で頻繁に使用する公的書類や契約書類について、妻は名義変更の手続きを行う必要がなくなります。
苗字が変わった場合には、銀行口座の名義、クレジットカード、マイナンバーカードなどに苗字変更の手続きを行う必要があります。
名義変更は、各種機関の窓口でのみ行うこともあり、必要書類を準備し提出したり、時には手数料の支払いが伴うこともあります。こうした手続きの一切が不要になることで、大幅な時間と労力、コストの節約につながります。
特に、離婚後に妻が働いていて、窓口の開いている平日になかなか時間が取れない場合など、多忙な日常を送る人にとっては、非常に大きなメリットとなるでしょう。
妻が苗字を変えないことのメリット2.妻と子が同じ苗字でいられる
離婚しても妻が婚姻時の苗字を変えないことで、妻と子どもが共に同じ苗字を名乗り続けることができる、という利点があります。
両親が離婚しても、原則として子どもの苗字は変わりません。
もし妻が離婚後に子どもの親権者となる場合は、妻が筆頭者となる新しい戸籍に子どもを入れる必要があります。この手続きをしないと、子どもは母親ではなく夫の戸籍に入ったままなので、母親が旧姓に戻った場合にも、子どもは婚姻時の苗字のままとなり、母子で苗字が異なるということになってしまいます。
母親と子どもの苗字が異なると、たとえば学校の保護者会、学校との連絡、医療機関での手続きなど、日々の生活の中で発生するさまざまなシチュエーションや手続きにおいて、不要な混乱や誤解が生じる可能性があります。
特に、子どもが幼い場合、母親と苗字が違うことで、学校で不要な詮索を受けたり、からかいの対象になってしまったりする可能性もあります。
妻が離婚後も苗字を変えないことで、母親と子どもが同じ苗字を名乗ることになり、無用なトラブルの発生を防止できるのです。
妻が苗字を変えないことのメリット3.会社での業績や評価等を維持できる
職場では、名前が業務連絡やプロジェクトの割り当て、実績の記録などに使用されます。苗字が変わると、これらの記録の連続性が損なわれ、混乱を引き起こすことがあります。婚姻中の苗字を変えないことで、会社での業績や評価等を維持し、業務をスムーズに継続することが可能になります。
特に、長期にわたり夫の苗字で活動していたような場合は、その苗字は妻個人の職場や社会における信頼性と強く関連付けられています。離婚して苗字が変わってしまうと、それまで築き上げてきた妻の実績や評価が、離婚後の新しい苗字に反映されないことがあり得ます。
また、ビジネス界では、名前が個人のブランドとなることも珍しくありません。特に業界内でのネットワーキングや専門的な関係構築においては、名前の一貫性が非常に重要です。苗字を変更すると、既存の関係やネットワークを再築する必要が出てくることがあります。
職場での資格や認定、著作物など公的な記録は個人の苗字で管理されているため、苗字を変更するとこれらの更新や再発行が必要になることがあります。たとえば、職場で使用していた印鑑などを再度作り直す必要などがあります。苗字を変えないことで、これらの手間を省き、時間や費用を節約することにつながります。
離婚後に妻が苗字を変えないことで、職場での実績や評価を保ち続けることができるのです。
妻が苗字を変えないことのメリット4.離婚したことが露呈しにくい
社会的な立場や個人的な理由から、離婚した事実を広く知られたくない場合があります。突然、苗字が変わった場合には、周囲に離婚したのかもしれないと気づかれる場合があります。
苗字を変えないことで、日常生活や社会生活の中で離婚したことが、周囲に気づかれにくくなります。これにより、不必要な詮索や、離婚をしたこと・離婚理由などについてのプライバシーの侵害を防ぐことができ、妻は精神的な負担を軽減することが期待できます。
また、新たな人間関係を築く際に、離婚していることが先入観や偏見の理由となるのを、避けることができます。
以上の通り、離婚後に苗字を変えないことで、妻は離婚後の公的書類や各契約の名義変更手続きが不要となり、手間やコストを節約できるという大きなメリットがあります。
また、妻は子と同じ苗字でいられるため、公的機関とのやり取りでの混乱を避けられます。
職場での業績や評価もそのまま維持・継続できますし、離婚事実を周囲に知られにくくすることができ、プライベートの事情を守ることにもつながる点も、大きなメリットです。
このようなメリットが、離婚後に妻が苗字を変えないことの理由のひとつとされています。
離婚時に苗字を変えないことのデメリット
それでは反対に、離婚時に苗字を変えないことで、妻には何かデメリットが生じるのでしょうか。
妻が苗字を変えないことのデメリット1.元夫への感情を整理しにくい
離婚後に苗字を変えないことのデメリットとして、元夫に対する感情を整理するのが難しくなる点が挙げられます。
離婚を経験した妻の中には、すぐに元夫への感情を片付けられない妻も少なくありません。
たとえ円満な離婚だったとしても、過去の思い出やわだかまりが残ることがありますし、元夫の不貞や暴力などが離婚理由であった場合、否定的な感情が続くことも一般的です。
離婚後も妻が元夫の苗字を変えないでいることで、その苗字が元夫との辛い経験などを思い出させ、妻に心理的な負担を生じさせる場合があります。
妻が苗字を変えないことのデメリット2.再婚後の離婚で旧姓に戻れない
ふたつ目のデメリットは、一度離婚して再婚した後に再び離婚すると、最初の婚姻前の苗字へ戻ることができなくなることです。
民法第767条第1項では、離婚を経て苗字が変わる場合、直前の婚姻関係に基づく苗字に戻ることと規定されています。
たとえば、最初に「中村」から「斉藤」へ変わり、その後「斉藤」のまま再婚して「鈴木」になった後に離婚した場合、再婚前の苗字である「斉藤」へと戻ることになり、「中村」へは戻れません。
そのため、離婚時に、最初の婚姻前の苗字に戻れば、その後再婚し離婚した場合にも、最初の婚姻前の苗字に戻ることができるのです。
妻が苗字を変えないことのデメリット3.社会的な場面で誤解を生じさせる
離婚後も元夫と同じ苗字を使用し続けることは、社会的な誤解を招く可能性があります。
外部から見ると、元夫と苗字が同じであることによって、依然として婚姻関係にあると見られてしまうことがあります。
特に、日常生活で頻繁に第三者が戸籍を確認することはないため、離婚したことを知らない人からは、まだ結婚していると思われることがあります。
このような誤解が生じると、個人の社交活動や新しい人間関係の築き方に影響を及ぼすことがあり、仕事や公的な手続きの場でも既婚者として扱われることにより、余計な説明を強いられることもあります。
離婚後に苗字を変えるか変えないか迷う場合は、自身の生活環境や子どもの有無と、上記のメリット・デメリットを比較して、慎重に判断しましょう。
離婚後に元妻が姓を変えたか確認できる?
さて、ここまでは離婚後の苗字を変えること・変えないことについて、妻側の事情を見てきましたが、夫側にもさまざまな事情や考えがあるかと思います。
離婚した元妻に、自分の苗字を名乗ってほしくないと考える夫もいるでしょう。離婚後、苗字を変えたか変えなかったか、確認したいと思うかもしれません。
元妻の苗字は確認できるのか
基本的に、元夫が離婚後に元妻の苗字を確認する方法は、直接元妻に連絡して確認するしかありません。
離婚によって妻が夫の戸籍から除籍されている場合、元夫は妻の現在の戸籍(離婚後の妻の戸籍)を取得することはできないためです。
ただし、夫婦の間に未成年の子どもがいて、夫が子どもの親権者である場合には、夫は子どもの法定代理人として元妻の戸籍を取得できる可能性があります。
また、戸籍に限らず、離婚後の元妻の住民票も取得することは難しいでしょう。住民票は原則として、取得できるのは本人および同一世帯の人員に限られるからです。
そして、元妻に対して、離婚後に苗字を変えるよう強制することも、変えないように強制することもできません。
そのため、元妻に離婚後は苗字を変えてほしいと考えているのであれば、離婚の話し合いの際に苗字についてもしっかり話し合っておくようにしましょう。
Q&A
Q1.離婚時に苗字をそのまま変えないために何か必要な手続きはありますか?
離婚後も婚姻中の夫の苗字を妻がそのまま使い続けたい場合は、離婚時に苗字を変えないための手続き方法である「離婚の際に称していた氏を称する届出(婚氏続称の届出)」を行う必要があります。
Q2.離婚後に妻が苗字を変えないことで、妻にデメリットはありますか?
離婚後に妻が苗字を変えないことには、元夫への感情を整理しにくくなる、再婚後に再び離婚した際に最初の婚姻前の苗字に戻れなくなる、及び社会的な場面で誤解を生じさせるというデメリットがあります。
離婚を経験した妻は、すぐに元夫への感情を片付けられない場合が多く、たとえ円満な離婚であっても、過去の思い出や否定的な感情が残ることが一般的です。
さらに、一度離婚して再婚し、その後再び離婚する場合、法律上、直前の婚姻関係に基づく苗字にしか戻れないため、再婚前の苗字には戻れません。
また、元夫と同じ苗字を使用し続けることで、外部からはまだ婚姻関係にあると見られがちで、離婚した事実を知らない人からは、婚姻関係が続いていると誤解されてしまう可能性があります。
Q3.元妻に離婚後、苗字を変えてもらうことはできますか?
離婚後に苗字を変えるか変えないかについては、基本的にその本人の判断に委ねられています。夫だからといって、妻に対して離婚後に苗字を変えることを強制することはできません。そのため、どうしても苗字を変えてほしいような事情がある場合は、離婚の話し合いの場で離婚後の苗字についても話し合うようにしましょう。
当法律事務所の弁護士にお気軽にご相談ください
離婚をする際、自身の苗字を婚姻中のものから変えないで維持するかどうかは、多くの方が直面する重要な選択です。
特に、日本では結婚する際に妻が夫の苗字になることが一般的であるため、離婚後の苗字をどうするか、妻にとっては慎重な検討が必要になります。特に、離婚後も苗字を変えない場合、再婚してから再度離婚することになった場合、最初の婚姻前の旧姓には戻れなくなってしまうため、注意が必要です。
この記事では、離婚後に苗字を変えないことのメリットやデメリットを中心に、弁護士が簡単に解説させていただきました。
とはいえ、自分ひとりでは判断に迷うこともあるかと思います。
そのような時には、お気軽に弁護士にご相談ください。当法律事務所では、初回の法律相談を無料としておりますので、ぜひお問合せいただければと思います。
この記事を書いた人
雫田 雄太
弁護士法人あおい法律事務所 代表弁護士
略歴:慶應義塾大学法科大学院修了。司法修習終了。大手法律事務所執行役員弁護士歴任。3,000件を超える家庭の法律問題を解決した実績から、家庭の法律問題に特化した法律事務所である弁護士法人あおい法律事務所を開設。静岡県弁護士会所属。
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