相続放棄しても生命保険金は受け取れる!受取人の条件と税金の注意点
「故人が残した借金を引き継ぎたくない。」という理由で相続放棄を選ぶ人は少なくありません。しかし、相続放棄を行った場合でも、生命保険金の受け取りは可能です。この事実は多くの方にとって驚くことかもしれません。
とはいえ、生命保険金を受け取る際にはいくつかの税金の問題が生じることがあるなど、注意すべきこともあります。
この記事では、相続放棄後に生命保険金を受け取る際の条件と、税金に関する重要な情報を詳しく解説します。生命保険金の受け取る場合の税金やその非課税枠などについても触れていきます。
相続放棄と生命保険金の受け取りについて疑問をお持ちの方は、ぜひこの記事をお読みください。
目次
相続放棄をしても生命保険金(死亡保険金)は受け取れる
相続放棄をすると、負債も負うこともなくなりますが、資産についても承継することができなくなります。しかし、生命保険金(死亡保険金)の受取には、相続放棄をしたとしても、問題なく受け取ることができるのです。その理由は、生命保険金が「相続財産」ではないからです。
生命保険金は、保険契約に基づき指定された受取人が保険会社から直接受け取るものであり、相続財産とは異なります。このため、相続放棄をしても、生命保険の受取人として指定されていれば、保険金を受け取ることができるのです。生命保険金を受け取る権利は、故人の死によって発生する権利であり、相続財産にはならず、受取人の固有の契約上の権利とされるのです。
相続放棄をお考えの方は、この点を踏まえてご決断をされることが大切です。相続放棄によって負債から逃れることに加えて、生命保険金は受取人としての地位が保証されているため、安心して受け取ることが可能です。
このように、生命保険金は相続放棄の影響を受けず、受取人の権利として保護されているのです。
相続放棄をしても生命保険金を受け取れるが条件がある
ここからは、具体的にどのようなケースであれば、相続放棄をしても、生命保険金を受け取れるのかを見ていきましょう。生命保険金が受け取れるか微妙な事案もありますから、誤解したまま相続放棄の決断をしてしまうことがないように、相続放棄でお悩みの際は、必ず弁護士に相談してから決断しましょう。
受取人が相続人に指定されている場合は受け取れる
受取人が相続人に指定されている場合は、相続放棄を選択しても、生命保険金は受け取ることが可能です。これは、生命保険金が民法上の相続財産には含まれないためです。
具体的には、生命保険の契約者が指定した受取人(例えば、配偶者や長男など)は、保険会社から直接保険金を受け取ることができます。
そもそも生命保険は、故人が遺族に対して経済的支援を提供する手段として設計されています。たとえ、個人の借金などで、残された遺族として相続放棄を選ばざるを得ない場合でも、保険契約により指定された遺族は、生命保険金を通じて支援を受けることができるのです。
このように、生命保険は遺族の経済的な安定を支える重要な役割を果たしています。
受取人が亡くなった本人の場合は受け取りは認められない
これに対して、生命保険金の受取人が亡くなった本人の場合では注意が必要です。
この状況では、生命保険金は故人の財産として扱われ、相続財産の一部と見なされます。そのため、もし相続放棄をしている場合は、生命保険金の受け取りもできないことになります。
生命保険の受取人が故人自身であった場合、その保険金は故人の財産として相続人によって分配されるべきものとなります。このとき、相続放棄をしている相続人は、故人のすべての財産から手を引いているため、生命保険金を含むすべての財産の受け取りを放棄していることになるのです。
特に、入院給付金、解約返戻金、満期保険金、終身払いの終身保険など、契約者本人が生存している間に受け取ることが想定されている保険金は、生命保険とは異なり、契約者自身が受取人として設定されているケースが多く見られます。これらは、基本的には故人の遺産とされ、相続放棄をすると受け取ることができなくなるので注意しましょう。
受取人指定なしの場合は保険約款に従う
生命保険において、契約書に「保険受取人の指定がない場合は、被保険者の相続人に支払う」という条項が設けられている場合があります。このような条項があると、保険金の受取人が特定されていない状況では、自動的に被保険者の法定相続人が受取人として認められることになります。
裁判所はこのような約款の存在下で、保険金受取人が未指定の場合には、相続人を受取人として指定したと解釈します。
つまり、保険約款に上記のような記載があれば、相続人は相続人の権利として生命保険を受け取ることができるのです。
生命保険の受け取りは注意が必要!多額の借金を背負うリスクも
多くの人が相続放棄を選ぶのは、故人の借金を避けるためです。しかし、もし故人が受取人である生命保険金を受け取ってしまうと、その行為が遺産の処分と見なされ、結果的に借金を引き継ぐことになるかもしれません。これは大きなリスクです。
生命保険金を含む相続の手続きには、どんな小さな詳細にも注意が必要です。保険の受取人が誰か、保険証書を確認して明確にしましょう。また、生命保険だけでなく、入院給付金など他の保険の受け取り条件もしっかり確認が必要です。
生命保険の解約返戻金を被相続人の債権者が差し押さえる可能性も
生命保険金は受取人固有の権利として受領するものであって、相続財産に含まれるものではありませんので、被相続人が借金を残していたとしても、債権者は受取人が受領済みの生命保険金を差し押さえの対象とすることはできません。
他方で、解約返戻金のある生命保険金については、被相続人の死亡前に債権者が解約返戻金請求権を差し押さえている場合があり、この場合、債権者は差し押さえた解約返戻金請求権の取り立てをするために保険会社に解約権の行使をすることができます。
相続放棄をした際に生命保険金にかかる税金は?
相続放棄をしても生命保険金に相続税がかかる
生命保険の死亡保険金は、相続財産ではありませんが、相続税法では「みなし相続財産」として扱われ一定の条件下では相続税の課税対象となります。
簡単に言えば、受け取った保険金は遺産分割協議で分け合う必要はないものの、税金の支払いが発生する可能性があるということです。
生命保険金を含めた相続財産の受け取り金額が、相続税の基礎控除額(3000万円+600万円×法定相続人の数)を超える場合は、相続税の申告と納税が必要になります。
みなし相続財産については、下記の記事で詳しく解説していますので参照してください。
相続放棄をした人は生命保険の非課税枠を適用できない
死亡保険金は、残された家族の生活を守るうえで重要な役割を持っています。そのため、税制上も一定額の死亡保険金に対しては非課税の特例が設けられています。
相続人が保険金を受け取る場合、法定相続人1人あたり500万円が非課税とされます。生命保険金の非課税枠の計算式は以下のとおりです。
しかし、相続放棄をした場合、その人は法的に「相続人」とはみなされなくなります。そのため、相続放棄をした人が生命保険金を受け取る場合、通常の相続人としての権利を行使しているわけではないため、非課税枠の適用を受けることはできません。相続放棄をすると、受取人が個人的な権利に基づいて保険金を受け取ることになりますが、その場合、非課税枠の利用は認められないのです。
他の相続人の生命保険の非課税枠は変わらない│「法定相続人の数」には含まれる
相続放棄をした相続人がいても、生命保険金の非課税枠を計算する際の法定相続人の数には含めることができます。たとえば、法定相続人が配偶者と子どもの2人で、両者が生命保険金の受取人に指定されている場合を考えましょう。この場合、子どもが相続放棄をしたとしても、その子どもは保険金の受取人として保険金を受け取ることは可能ですが、非課税枠の適用は受けられません。
一方で、配偶者は「500万円×2人=1000万円」の非課税枠の恩恵を受けることができます。
基礎控除は相続放棄をしても適用される
相続税の計算においては基礎控除という非課税枠が設けられており、遺産の総額からある一定額を引くことができます。相続放棄をして生命保険の非課税枠が対象外になっても、保険金の全額がそのまま課税対象になるわけではありません。
基礎控除の計算方法は次の通りです。
基礎控除額=3,000万円+法定相続人の数×600万円
この基礎控除額が、遺産の総額(生命保険金を含む)を下回る場合、その遺産には相続税が課されません。
重要な点として、基礎控除の計算においては、相続放棄をした人も法定相続人としてカウントします。たとえば、法定相続人が2人いて、1人が相続放棄をしている場合でも、放棄した人を含めて計算します。このケースでは、基礎控除額は「3,000万円+2人×600万円=4,200万円」となります。
そのため、生命保険金を含めた相続財産が4,200万円以下であれば生命保険金を受け取っても税金を払う必要はありません。
相続放棄をした人が生命保険金を受け取った場合の相続税の計算例
被相続人の妻のAさんが2000万円、長男のBさんが1000万円、次男のCさんが1000万円の死亡保険金を受け取りました。ただし、次男のCさんは相続放棄をしています。
この場合、生命保険金に対する非課税額は「500万円×法定相続人の数」で計算され、3人の法定相続人がいるため1500万円となります。非課税額の算出には相続放棄をした人も含まれますが、非課税枠の利用は相続放棄をしていない相続人に限られます。
生命保険金に対する相続税の計算は以下のように行います。
- 基礎控除額
法定相続人全員を合わせた非課税枠は「500万円 × 法定相続人の数」です。ここでは、法定相続人が3人いるため、
500万円×3=1500万円
この1500万円が基礎控除額となります。 - 各相続人の生命保険の非課税額
・AさんとBさんの生命保険金の合計額は、 2000万円+1000万円=3000万円
・Aさんの保険金額比率は、 2000万円÷3000万円=2/3
・Bさんの保険金額比率は、 1000万円÷3000万円=1/3
・Aさんの非課税額: 1500万円×2/3=1000万円
・Bさんの非課税額: 1500万円×1/3=500万円 - 相続税の課税対象額
○Aさん:
・受け取った金額: 2000万円
・課税対象額: 2000万円−1000万円=1000万円
○Bさん:
・受け取った金額: 1000万円
・課税対象額: 1000万円−500万円=500万円
○Cさん(相続放棄のため非課税枠なし):
・受け取った金額: 1000万円
・課税対象額: 1000万円(全額課税)
具体的な、生命保険金(死亡保険金)を受け取った際の相続税の計算方法については以下の記事も参照してください。
相続税ではなく贈与税や所得税がかかるケースも
生命保険の契約者と受取人の状況によっては、相続税ではなく贈与税や所得税がかかるケースもあります。契約内容を必ず確認したうえで、申告手続きを行うようにしましょう。
契約形態 |
契約者 |
被保険者 |
受取人 |
税金の種類 |
---|---|---|---|---|
契約者と被保険者が同一 |
A(夫) |
A(夫) |
B(妻) |
相続税 (非課税枠あり) |
契約者と受取人が同一 |
A(夫) |
A(夫) |
A(夫) |
所得税 |
契約者、被保険者、受取人がそれぞれ異なる |
A(夫) |
B(妻) |
C(子) |
贈与税 |
生命保険金を受け取った後でも相続放棄はできる?
これまで、相続放棄をしても特定の条件下で生命保険金を受け取ることが可能であることを説明しました。しかし、生命保険金を受け取った後に相続放棄を考える場合、その可否は状況によって異なります。
一般的に、相続財産を受け取った後には相続放棄をすることはできません。これは、相続放棄は故人の財産を一切受け取らないという意思表示と解釈されるためです。
生命保険金に関しては、その受取が相続財産と見なされるかどうかが鍵となります。
できるケース
生命保険の受取人が亡くなった本人以外の誰かである場合、この生命保険金は相続財産に含まれません。これは、保険金が直接、指定された受取人に支払われるためです。そのため、この受取人が後で相続放棄をしたいと考えても、生命保険金の受け取りがこれに影響を与えることはありません。受取人は生命保険金を受け取った後でも相続放棄をすることが可能です。
さらに、生命保険の受取人が特定されていない場合でも、相続人はそれぞれが保険金の請求権を持つ者として扱われます。この状況下では、保険金は相続財産とはみなされず、受け取った後も相続放棄ができます。
できない
受取人が亡くなった本人に指定されている場合、その生命保険金は故人の財産の一部とみなされます。この状況で保険金を受け取ると、後から相続放棄を行うことはできません。
さらに、故人の財産を消費したり利用した場合、それは相続を正式に承認した(単純承認)と判断されるため、相続放棄が認められなくなる可能性が高まります。生命保険の受け取りも、故人の財産の一部を処分した行為にあたり、同様の扱いを受ける可能性があります。
第九百二十一条 次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。
一 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第六百二条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。
二 相続人が第九百十五条第一項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。
三 相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、この限りでない。
(引用:e-Gov「民法921条」)
したがって、生命保険の契約者が相続放棄を検討している場合は、まずは保険金の受取人が誰であるかを確認することが非常に重要です。この確認を怠ると、後から相続放棄を希望してもそれが不可能になる場合があります。相続放棄を検討する際は、この点を十分に留意しておくべきです。
相続放棄をしても受け取れる生命保険金以外の財産
死亡退職金
死亡退職金は、受取人が明確に指定されている場合、相続放棄をしても受け取ることが可能です。これは、指定された受取人に直接支払われるため、相続財産とはみなされません。
ただし、受取人が亡くなった方自身や受取人が指定されていない場合などは、相続財産と見なされる可能性があります。そのため、相続放棄をした場合、これらの死亡退職金を受け取ることはできなくなります。
遺族年金
遺族年金は、亡くなった人の家族が受け取るもので、遺族の生活を支援することを目的としています。このため、遺族年金は遺族の固有の財産として扱われ、相続財産には含まれません。相続放棄をしても、遺族年金は引き続き受け取ることができます。遺族年金は、亡くなった人の家族が経済的に困難な状況に直面しないようにするための制度であり、相続放棄の有無に関わらず支給される点が重要です。
信託財産・信託受益権
最近、相続問題の解決策として、家族信託(民事信託)の利用が注目されています。家族信託は、特定の財産(信託財産)を信託契約に基づいて管理し、それによって生じる利益(信託受益権)を契約に定められた受益者に分配する仕組みです。
重要な点は、信託財産と信託受益権は通常、相続財産とは別に扱われるということです。信託契約において「相続財産に信託受益権を含む」と特に定められていない限り、これらは相続の対象外とされます。そのため、たとえ相続放棄を行ったとしても、契約上の受益者は引き続き信託財産からの利益を受け取ることが可能です。
相続放棄と生命保険の関係に関するQ&A
Q: なぜ相続放棄をしても生命保険金を受け取ることができるのですか?
A: 相続放棄をすることは、相続人が故人から引き継ぐべき財産や負債を一切受け取らないことを意味します。しかし、生命保険金は生命保険契約に基づいて指定された受取人が保険会社から直接受け取るお金であり、これは「受取人固有の財産」とされます。そのため、生命保険金は相続財産とは見なされず、相続放棄をしても受け取ることができます。
Q: どのような生命保険金が相続放棄後も受け取れるのですか?
A: 生命保険金のうち、「受取人=相続放棄をした人」と明確に指定されているもの、または受取人指定がなくても保険約款などにより「法定相続人=受取人」と定められているものは受け取ることができます。これらは生命保険契約に基づいて支払われるもので、最初から受取人固有の財産となります。
Q: どのような生命保険金は相続放棄後に受け取ることができませんか?
A: 相続放棄後に受け取れない生命保険金には、亡くなった人が保障対象である医療保険の入院給付金や手術給付金、または亡くなった人が契約者である生命保険の解約返戻金などが含まれます。これらの保険金は、本来の相続財産として扱われるため、相続放棄をすると受け取ることができなくなります。
Q: 生命保険金の非課税限度額はどのように計算されますか?
A:生命保険金の非課税限度額は、法定相続人の数に応じて異なります。この限度額は、「法定相続人の数×500万円」という式で計算されます。たとえば、法定相続人が2人いる場合、非課税限度額は1,000万円になります。重要な点は、この計算において相続放棄した人も法定相続人として数えることです。これにより、相続放棄した人がいても、彼らを含めた法定相続人の数で非課税限度額を計算します。
Q:相続放棄した人が受け取る生命保険金に非課税限度額は適用されますか?
A: いいえ、相続放棄した人が受け取る生命保険金には、非課税限度額の適用はありません。非課税限度額の計算には相続放棄した人を含む法定相続人の数を用いるものの、実際に非課税限度額を適用するのは、相続放棄をしていない相続人が受け取る保険金に限られます。したがって、相続放棄した人が受け取る保険金には、この非課税枠は適用されず、場合によっては相続税が課される可能性があります。
まとめ
多額の借金を抱えている場合などで相続放棄が選択されることがあります。この際、亡くなった人が生前に準備しておいた生命保険金は、残された家族の生活の安定や争いの回避に役立てることができます。生命保険金は、受取人が明確に指定されている限り、相続放棄をしても受け取ることが可能です。
ただし、生命保険金を活用する場合は、税金の問題や相続放棄の手続きに注意が必要です。相続放棄は、相続開始を知った日から3ヶ月以内に家庭裁判所への申立てが必要であり、一度相続財産を手にしてしまうとその権利を放棄することができなくなります。計画的に進めるためには、家族での事前の準備が大切です。手続きや判断に迷うことがあれば、弁護士に相談することをお勧めします。
この記事を書いた人
略歴:慶應義塾大学法科大学院修了。司法修習終了。大手法律事務所執行役員弁護士歴任。3,000件を超える家庭の法律問題を解決した実績から、家庭の法律問題に特化した法律事務所である弁護士法人あおい法律事務所を開設。静岡県弁護士会所属。
家庭の法律問題は、なかなか人には相談できずに、気付くと一人で抱え込んでしまうものです。当事務所は、家庭の法律問題に特化した事務所であり、高い専門的知見を活かしながら、皆様のお悩みに寄り添い、お悩みの解決をお手伝いできます。ぜひ、お一人でお悩みになる前に、当事務所へご相談ください。必ずお力になります。