遺留分放棄│生前に事前放棄できる?遺留分放棄とは相続放棄と何が違う?

一定の相続人には、遺言によっても奪うことのできない最低限度の相続分、「遺留分」が保障されています。
自身の遺留分が侵害されたときに、侵害された額に相当する金銭を請求することができるのです。
そして、この遺留分はあくまで権利なので、遺留分を「放棄」することも可能です。
本記事では、この「遺留分の放棄」について、弁護士が詳しく解説させていただきます。
遺留分の放棄とは何か、相続放棄や相続分の放棄とは何が違うのか、といった基本的な内容を確認していきましょう。また、単に「遺留分はいらない」と言うだけで遺留分を放棄できるのか、何か特別な手続きが必要なのか、そうした疑問にお答えしていきます。
遺留分の放棄は、遺産相続を被相続人の遺言書の通りに円滑に進めるために、非常に有用な手続きとなります。
遺産相続の準備を進めるにあたって、本記事が少しでもご参考となりましたら幸いです。
目次
遺留分放棄
1.遺留分放棄とは
遺留分の放棄とは、一定の相続人に法律上保障されている最低限の遺産の取り分である「遺留分」を放棄することを指します(民法第1049条)。
(遺留分の放棄)
民法第1049条 相続の開始前における遺留分の放棄は、家庭裁判所の許可を受けたときに限り、その効力を生ずる。
2 共同相続人の一人のした遺留分の放棄は、他の各共同相続人の遺留分に影響を及ぼさない。
より詳しくいいますと、遺留分の放棄とは、遺留分侵害額請求権を放棄する、ということです。遺留分侵害額請求権とは、遺留分を有する相続人(遺留分権利者)が、遺贈や贈与によって自身の遺留分を侵害された場合に、その侵害額に相当する金銭の支払を、遺贈や贈与を受けた者(受遺者・受贈者)に対して請求できる権利です。
具体的に、遺留分を放棄することが考えられるものとして、以下のようなケースがあります。
- 十分な生前贈与を受けているから。
- 他の相続人に親の介護をしてもらうため、遺留分を遠慮した。
- 遺留分としてもらえる金額が少ないから。
- 被相続人や他の相続人に世話になった・迷惑をかけたので遠慮した。
- 被相続人に認知された愛人の子が、本妻の希望や諸事情を考慮した。
2.遺留分放棄の効果
それでは遺留分を放棄すると、実際の遺産相続にどのような影響が生じるのでしょうか。
遺留分放棄をすると、以下のような効果があります。
- 遺留分を放棄した人は、「遺留分侵害額請求」の権利を失う。
- 遺留分を放棄しても相続権は失わない。
- 相続債務については法定相続分通りに相続することになる。
- 他の共同相続人の遺留分には影響を与えない。
- 被相続人が自由に処分できる財産が増える。
前述の通り、遺留分の放棄とは遺留分侵害額請求権を放棄することですから、その権利を失います。
ただし、遺留分を放棄しても、遺産相続をする権利自体を失うわけではありません。そのため、遺言がなければ遺産分割協議によって、法定相続分通りに相続することになります。この場合、プラスの財産だけでなく債務についても同様です。
また、相続人の一人が遺留分を放棄したからといって、他の共同相続人には影響を与えません。具体的に言うと、他の共同相続人まで遺留分を失うことになるわけではありませんし、放棄された遺留分に相当する財産が直接他の共同相続人に分配されるわけでもありません。
そして、遺留分放棄された分だけ、相続人全体の遺留分の総額が減少することになります。その減少分は、被相続人の「自由分」に加算されます。つまり、被相続人が自身の意思で処分できる財産の範囲が拡大するため、自分の意思通りの遺言を実現しやすくなるのです。
このように、遺留分の放棄は、遺言の実現として考えたとき、非常に効果的な方法といえます。
遺留分放棄のメリット
以上のような遺留分放棄の効果をまとめると、相続人(遺留分放棄者)、被相続人それぞれの立場で、次のようなメリットがあるのです。
|
立場 |
遺留分放棄によるメリット |
|
相続人(遺留分放棄者) |
家庭裁判所で遺留分放棄が認められる場合、被相続人から遺留分放棄者に対し支払われる代償金等の財産を受け取ることができる。 |
|
被相続人 |
遺言で遺産を受け取る人が、遺留分を請求される心配がなくなるため、被相続人の意向通りの遺産相続が可能となる。 |
また、遺留分を放棄することにより、被相続人の死後に、遺留分を巡って相続人同士が対立するなどのトラブルを回避することも期待できます。
3.遺留分放棄と相続放棄、相続分放棄の違い
次に、「遺留分放棄」と混同しやすい、「相続放棄」と「相続分放棄」との違いについて確認しておきましょう。
相続放棄とは、その相続について一切の権利を放棄することをいいます。相続放棄をした場合、相続放棄をした人は、はじめから相続人ではなかったことになります(民法第939条)。
プラスの財産だけでなく、債務などマイナスの財産も含めて、被相続人の全ての財産を相続しないことになるため、遺産分割協議に参加する余地もありません。
相続の開始があったことを知った時から3か月以内に家庭裁判所に申述することによって、相続放棄となります(民法第938条、同第915条)。
相続放棄は主に、被相続人の債務がプラスの財産を上回る場合に利用されることが多いです。
相続分放棄とは、相続人とはなるものの、自身の相続分を「0」とする意思表示をする、というものです。
相続放棄と異なり、所定の手続きはありません。遺産分割協議であれば他の共同相続人に対して意思表示をし、遺産分割調停や審判などであれば放棄書と脱退書を裁判所に提出することになります。
相続放棄との最大の違いは、相続分の放棄をしても、相続人としての地位は残る点です。そのため、プラスの財産に関する相続権が「0」になっても、マイナスの財産がある場合には、その負担責任から免れることはできません。
遺留分放棄の場合、放棄するのは「遺留分」であり、相続人としての権利は失いません。
遺留分の放棄をしても、相続権まで失うわけではありませんので、相続人として遺産分割協議に参加する必要があります。
そして、遺留分の放棄をしても、他の相続人の遺留分が増加するなどの影響はありません。また、前述の通り、相続人の地位にある以上、負債がある場合には、これを法定相続分に応じて分割承継することになります。
遺留分放棄の手続きは、相続開始前であれば家庭裁判所で行うのが原則です。
これらの違いを簡単に表にまとめますと、以下の通りとなります。
|
|
遺留分放棄 |
相続放棄 |
相続分放棄 |
|
放棄の対象となる権利 |
遺留分を請求する権利 |
遺産を相続する権利 |
個々の具体的遺産に対して有する共有持分権 |
|
相続人としての権利 |
失わない |
失う |
失わない |
|
遺産分割協議への参加 |
参加の必要あり |
参加の必要なし |
参加の必要あり |
|
他の相続人への影響 |
影響なし(他の相続人の遺留分は変わらない) |
影響あり(他の相続人の法定相続分が変わる) |
影響あり(他の相続人の相続分が増える) |
|
債務の承継 |
債務を承継する |
債務を承継しない |
債務を承継する |
|
生前の手続き |
家庭裁判所の許可があればできる |
できない |
できない |
|
相続開始後の手続き |
家庭裁判所の手続きなし |
相続の開始があったことを知った時から3か月以内に家庭裁判所に申述 |
所定の方式なし |
相続放棄に関しては、こちらの関連記事も合わせてご覧ください。
4.遺留分放棄させるのは難しい
ところで、遺留分を放棄させるのは難しいとされています。
そもそも遺留分とは、法律によって認められた最低限度の保障です。被相続人に生計や将来設計を依存していた近親者にとっては、遺留分の有無が生活に直結することも少なくありません。
このような重要な権利を、自分から手放してもらうというのは、当然難しいでしょう。
そして、遺留分放棄を安易に認めてしまうと、被相続人や他の相続人による「遺留分放棄の強要」も懸念されます。
また、被相続人の存命中は遺産相続が始まっていないため、遺留分の侵害額を請求する権利が発生していません。現実的にまだ発生していない権利を処分することはできません。
こういった事情から、被相続人の生前に遺留分放棄をするのが難しく、法的に有効な遺留分放棄をするためには、家庭裁判所での手続きが必要とされているのです。
5.遺留分放棄の期限
なお、遺留分放棄に厳密な期限はありません。
現実的には、生前であれば、相続開始まで(被相続人が亡くなるまで)に家庭裁判所で遺留分放棄の許可申立てをする必要があります。
相続開始後は、遺留分放棄に所定の方式はありませんので、自分の意思で任意のタイミングですることが可能です。
【生前】遺留分放棄の方法
被相続人の生前に遺留分放棄をする方法について、確認していきましょう。
法的に有効な方法としては、遺留分を放棄する人が自分の意思で行う①家庭裁判所での遺留分放棄の許可申立てがあります。
また、遺留分を含め、相続権自体を失わせる②相続人廃除も一つの手段です。
以下では、この2つの手続きについて詳しく解説していきます。
1.家庭裁判所で許可申立て
被相続人の生前(相続開始前)に、相続人が遺留分を放棄するためには、家庭裁判所の許可が必要とされています(民法1049条)。
これは、前述の通り、被相続人や他の共同相続人が不当なプレッシャーを与え、強引に遺留分を放棄させるようなことを防ぐためです。
実際に判例も、「相続開始前における遺留分の放棄は、家庭裁判所の許可を受けたときに限りその効力を生ずると規定しているところ、民法がこのように遺留分の事前放棄につき家庭裁判所の許可を必要としている趣旨は、遺留分の放棄を当事者の自由に委ねると、被相続人その他の利害関係人が遺留分を持つ相続人に対し圧力を加え、その自由な意思を抑圧して遺留分を放棄させるなど、不当な結果が生ずるおそれがあるからである。したがって、遺留分権利者と被相続人その他の利害関係人との間の合意のみによって、相続開始前に遺留分権利者の遺留分を消滅させることは、現行法上認められていないと解される。」と述べています(東京地判平成15年6月27日)。
そのため、被相続人の生前に遺留分を放棄したい場合は、遺留分を放棄する人自身が、管轄の家庭裁判所に対し「遺留分放棄の許可」の申立て手続きを行い、裁判所の許可を得る必要があるのです。
申立てができるのは、遺留分を有する相続人本人です。そして、相続開始前(被相続人の生存中)に申立てをする必要があります。
申し立てを行う裁判所は、被相続人の住所地の家庭裁判所となります。
参考:申立書提出先一覧(家庭裁判所)(裁判所)
許可申立てをすると、裁判所から審問期日の通知が届くので、審問期日に出頭します。家庭裁判所での審問期日には、遺留分放棄の理由や相続財産の状況などを口頭で聞かれます。そして、遺留分放棄の理由が妥当と判断されれば、遺留分放棄の許可を得ることができます。
1-1.許可申立書や財産目録が必要
申立てをするために、必要書類を揃えましょう。一般的には、許可申立書や財産目録のほか、戸籍謄本と申立て手数料等が必要となります。
- 遺留分放棄の許可申立書
- 被相続人の戸籍謄本(全部事項証明書)
- 申立人の戸籍謄本(全部試行証明書)
- 現金・預貯金・株式などの財産目録
- 不動産の目録
- 収入印紙800円
- 連絡用の郵便切手
同じ書類は一通用意すれば大丈夫です。また、審理のために必要な場合は、書類の追加提出が求められることもあります。その場合、適切に対応しましょう。
遺留分放棄の許可申立書の書式は、以下の裁判所のホームページからダウンロードが可能です。
参考:遺留分放棄の許可の申立書(裁判所)
1-2.「客観的に見て合理性ある理由」が重要
注意したいのが、家庭裁判所で手続きすれば、どのような場合でも遺留分放棄が認められるわけではないということです。
遺留分放棄の審理の中で、裁判所は次の3点を基準として、遺留分放棄の許可・不許可を決定しています。
- 遺留分の放棄が、遺留分権利者の自由意思に基づくこと
- 遺留分放棄の理由に合理的な理由と必要性があること
- 遺留分放棄に見合うだけの代償があること
この3つの要件は、被相続人や他の共同相続人からの不当な圧力による遺留分放棄を防ぎ、遺留分権が不当に害されることを防止するために重要なのです。
一つずつ、詳しく確認しておきましょう。
①遺留分の放棄が、遺留分権利者の自由意思に基づくこと
遺留分放棄の要件の中でも、非常に重要となるのが、遺留分放棄が本人の「自由意思」に基づくものであることです。
申立人が手続きの内容を十分に理解していなかったり、被相続人や他の相続人に強制されて手続きを行っていたりした場合は、遺留分放棄は認められません。
例えば、次のような裁判例があります。これは、遺留分放棄の申立ての動機が、強い圧力の結果と推認され、申立てが却下された事例です。
父の反対を押し切って結婚をした娘が、父から遺留分放棄の申立書に署名押印するように求められて署名押印し、申立書が提出された事案について、申立ての動機が「被相続人による強い干渉の結果」と推認され、自由な意思に基づく放棄であるとは即断できないとの判断から、申立てが却下された。(和歌山家裁妙寺支部昭和63年10月7日審判)
②遺留分放棄の理由に合理的な理由と必要性があること
遺留分放棄が認められるためには、客観的に見て合理的な理由と必要性がなければなりません。
合理的な理由として認められる例として、以下のようなものが挙げられます。
- 被相続人が経営している事業を長男が継ぐため、事業経営に影響が生じないように、事業に関連する財産をすべて長男が相続してほしい。
- 十分な経済的支援を受けたので、兄弟で不公平にならないよう、次男に全ての財産を相続してほしい。
- 高齢の親を扶養するため、親と同居する子以外の子について遺留分を放棄したい。(仙台高決昭56年8月10日)
- 被相続人に非嫡出子がおり、被相続人の死後の遺産紛争が心配なので、非嫡出子に遺留分を放棄してほしい。(東京家審平成2年2月13日)
一方、合理的な理由として認められない例には、以下のようなものが挙げられます。
- 被相続人とは不仲なので、遺留分を放棄したい。
- 被相続人に結婚を認めてもらうための条件として遺留分放棄を求められたから。(和歌山家妙寺支審昭和63年10月7日)
- 他の共同相続人よりも収入があるから遺留分はいらない。
③遺留分放棄に見合うだけの代償があること
申立人本人が、遺留分放棄に見合うだけの代償を受けていることも、遺留分放棄が認められるための判断要素となります。
「代償」は、原則として、放棄に相続する経済的価値のあるものでなければなりません。
例えば、被相続人である父が、長男に事業を承継させるために、次男に遺留分を放棄させようと考えているとします。このとき、次男に放棄に見合うだけの代償がない状態で遺留分放棄だけが申し立てられると、放棄の強制・圧力が疑われることとなってしまいます。
遺留分放棄に相当する生前贈与などを受け取っていなければ、申立人には不利益しかないと判断されるため、家庭裁判所からの許可はおりにくいでしょう。
なお、代償については絶対に必要な要件というわけではなく、代償性については、審判によって、考慮の程度に濃淡があります。過去の事例の中には、代償がなくても遺留分放棄が許可されたものもありますので、一つご紹介いたします。
両親の離婚後、母に養育された成人の子が、父との間で互いの相続につき遺留分を主張しないことに合意し、家庭裁判所に遺留分放棄の許可を求めたところ却下された事案の、即時抗告審です。
原審は、「遺留分は、相続人の生活保障等の見地から、被相続人の遺言内容等にもかかわらず、法が特に認める取得分であるから、その相続開始前の放棄に当たっては、遺留分放棄を相当とするに足りる程度の合理的代償利益の存在を必要とすると解される。」と述べた上で、「被相続人の遺産は不明で、遺留分放棄に関して、被相続人から受けた利益は一切ない」といった事実に照らし、「被相続人の遺産の内容・価額は判明しないものの、少なくとも、遺留分放棄を相当とする合理的代償は一切ないことが明らかである。以上によると、本件遺留分放棄を許可することは相当でない」と申立てを却下しました。
これに対し、即時抗告審は「本件申立ては、抗告人の真意に出たものであると認められる。」と述べ、本件遺留分放棄を許可することによって、法定相続分制度の趣旨に反する不相当な結果をもたらす特段の事情も存在しないこと、抗告人と被相続人には父子としての交流もないことから相互に他方の相続に係る遺留分を放棄することにしたこと、子が遺留分を放棄することによって父母間の財産上の紛争の解決を導く一因になったこと、といった実質的な利益の点からみても、抗告人の遺留分放棄は、不合理なものとはいえないとして、「本件申立ては許可すべきものであることが明らかである」と判断しました。
(東京地判平成15年6月27日)
このように、許可申立ての審判では、個別の事情が考慮されますが、本裁判例は例外的なケースであり、通常は、遺留分の放棄において代償の有無は重要な判断要素となります。
1-3.遺留分放棄と公正証書遺言を活用しましょう
家庭裁判所での遺留分放棄の手続きと合わせて、公正証書遺言を活用することがお勧めです。
なお、遺言書には自筆証書遺言と公正証書遺言の2種類があります。自筆証書遺言は自分で作成・保管する遺言書になります。手軽に作成できる反面、内容に不備等があった場合には無効となってしまうこともあります。ですので、公証役場で公証人立ち会いのもと作成してもらえる公正証書遺言の方が、より確実です。公正証書遺言ですと、原本を公証役場で厳重に保管してもらえるため、紛失のリスクも防ぐことができます。
こうした公正証書遺言と遺留分放棄を組み合わせることで、以下のようなメリットがあります。
①事業の安定継承のため後継者に全ての財産を残したい
例えば、父が事業を経営していて、父の相続人として、長男・次男がいる場合を考えてみましょう。
父は、長男に事業を継がせ、事業の安定経営ために、財産の全てを長男に相続させたいと思い、遺言書を遺したとします。
一方、次男には遺留分があります。次男から遺留分を請求された場合、事業経営に充てたい資金の一部を次男が取得することになるため、長男の事業経営にとって大きなリスクとなってしまう可能性があります。
そこで、次男に遺留分放棄をしてもらうことで、長男にすべての財産を残すことができます。これにより、資金が流出したり、家族関係が悪化したりしてしまうリスクを排除することができます。
②障がいのある子どもに財産を多く残したい
父の相続人として、健常者の長男と、障がいを持つ次男がいる場合についても考えてみましょう。
父は、障がいを持つ次男の方が、長男と比べて収入が少ないため、次男に多く財産をさせたいと考え、遺言書を遺したとします。
長男が次男に対して遺留分を請求した場合、次男の生活が立ち行かなくなってしまうおそれがあります。
そこで、長男に遺留分放棄をしてもらうことで、次男に多くの財産を相続させることができるのです。
このように、遺言書を作成した上で、遺留分放棄を行うことによって、相続を遺言書通りに進めることが期待できます。
なお、遺言書がない場合には、相続財産について遺産分割協議が行われるため、遺留分放棄は意味のないことになってしまいます。
2.相続人を廃除する
続いて、相続権自体を失わせる「相続人廃除」による遺留分放棄について簡単にご説明します。
相続人廃除とは、被相続人に対する虐待や重大な侮辱や著しい非行があるなど、一定の要件を満たした場合に、被相続人が家庭裁判所に申し立て、相続権を失わせる手続きです(民法第892条)。
相続する権利を失うため、遺留分を請求する権利も失うことになります。結果として、遺留分放棄が実現できるわけです。
もっとも、遺留分権だけでなく、相続権自体を失わせる相続人廃除においては、遺留分放棄よりもさらに厳格に判断されることになります。そのため、実際に認められたケースは多くはありません。
手段としては考えられるものの、遺留分を放棄するという点ではあまり現実的ではない方法でしょう。
【相続開始後】遺留分放棄の方法
1.家庭裁判所の許可は不要
被相続人の死後の遺留分放棄については、家庭裁判所で手続きは不要となります。被相続人の死後であれば、被相続人などから不当な圧力が加えられることが考えにくいためです。
そのため、本人による遺留分放棄の意思表示のみで、遺留分を自由に放棄することができます。
例えば、遺産分割協議の場で「遺留分は放棄する」などと意思表明すれば足りるのです。
他の共同相続人に遺留分を放棄してもらいたい場合も、まずは遺産分割協議の話し合いの中で、「こういう理由があるから、遺留分を放棄してほしい」と話し合っていくことになるでしょう。
遺留分を放棄することで合意が得られた場合は、合意書(念書)を作成しておきましょう。
念書を作成する際に、相続人全員が同席している必要はありません。遺留分を放棄したい相続人が自分一人で作成し、他の相続人に手渡す、という形でも構いません。
念書に記載する内容としては、遺留分を放棄する旨の文章と、被相続人や作成者を特定するための情報、作成年月日と作成者の署名押印です。例えば、このように書きます。
念書
私は、この書面により下記のとおり約束いたします。
記
被相続人〇〇〇〇(昭和×年×月×日出生、平成×年×月×日死亡)の相続財産について、遺留分侵害額請求権を行使しないこと。
以上
令和7年×月×日
住所 静岡県静岡市□区□町1-2-3
氏名 △△△△ ㊞
なお、遺留分を請求する権利には時効があります。相続開始と遺留分の侵害を知ったときから1年か、相続開始から10年経てば、遺留分侵害額請求権がなくなります(民法第1048条)。
「遺留分放棄する」と意思表明をしなくても、遺留分侵害額請求をしないまま1年が経てば、結果として遺留分を放棄したことと同じことになります。
2.遺留分放棄の合意書(念書)は有効?
ところで、遺留分放棄の合意書(念書)の有効性については、相続開始前と相続開始後とで異なるため、注意が必要です。
2-1.生前の遺留分放棄の念書は無効
被相続人の生前(相続開始前)に、「遺留分を放棄する」といった内容の念書や合意書を作成したとしても、家庭裁判所の許可がなければ法的な効力はありません。
本記事でご説明した通り、被相続人の生前に遺留分放棄をするためには、家庭裁判所の許可が必要となるためです。
しがたって、仮に、遺留分を放棄する内容の念書を書いた遺留分権利者が遺留分侵害額請求を行ったとしても、遺留分を侵害した側は、念書を理由に遺留分相当の金銭の支払いを拒むことはできません。
2-2.死後の遺留分放棄の念書は有効
被相続人の死後であれば、遺留分放棄の念書や合意書は、原則として法的に有効となります。
相続開始後に遺留分放棄をする場合、家庭裁判所の許可は不要となり、自由に遺留分を放棄することができるためです。
遺留分放棄の念書があれば、他の相続人にとっては、遺留分侵害額請求を受けるかもしれないという不安が取り除かれるでしょう。
遺留分放棄の撤回はできる?
遺留分放棄について家庭裁判所から一度許可を得た場合、原則として、撤回・取り消しをすることはできません。安易に撤回を認めてしまうと、他の相続人の権利関係が非常に不安定なものになってしまうからです。
遺留分放棄の許可を撤回したい場合には、裁判所に申し立てて判断を仰ぐことになります。
例えば、以下の場合には、撤回や取り消しが例外的に認められることもあります。
- 遺留分放棄がその当初から不当であった場合
- その後の事情変更により、遺留分放棄の事情を存続させることが不当となった場合
実際に遺留分放棄の許可の撤回が認められた裁判例と、認められなかった裁判例をご紹介いたします。
撤回が認められた事例
被相続人の長女が、遺留分放棄の許可の取り消しを求めた裁判例です。
長女の遺留分放棄は、長女の意思というよりも、被相続人(父)の発意に基づいていました。遺留分放棄にあたって、被相続人は、長男に遺産を単独相続させることを目的としており、長女には遺留分に見合うだけの贈与等の代償も与えていません。
さらに、遺留分放棄から約13年が経過し、被相続人と長女との間では相続を巡って深刻な対立が生じていました。
裁判所は、「家庭裁判所が、遺留分放棄の許可審判をなすにあたつては、遺留分放棄が、遺留分権利者の自由な意思に基づくものであるか否かを吟味するとともに、その意図するところが、民法で定める均分相続の基本的な理念を没却するものであれば、これを排斥するなどの措置を講じることはもとより、相続財産の内容、性質、遺留分権利者と被相続人その他の親族間の事情等を慎重に調査検討し、遺留分放棄の理由が合理性若しくは妥当性、必要性ないし代償性を具備しているものと認められる場合に、事前放棄の許可審判をなすべき」と述べた上で、以上のような事情がある本件においては、「本件申立人に対する遺留分放棄許可の審判は、現時点においては、これを維持すべきものではないとするのが、家事審判の合目的性に適なうものと認め、これを取消すのを相当であると判断」しました。
(東京家審昭和54年3月28日)
撤回が認められなかった事例
被相続人の相続財産につき、債権者から強制執行を受けることがあり得るという不安が生じたために遺留分放棄をした相続人が、債務の完済によりその不安が解消したとして、遺留分放棄の許可を求めた事情が変更したことによる、許可審判の取り消しを求めた事例です。
裁判所は、「遺留分の事前放棄の許可の審判も、諸般の事情を考慮した上、公権的作用として法律関係の安定を目指すものであるから、遺留分放棄者の恣意によりみだりにその取消し、変更を許すべきものでないことはもとよりである。したがつて、遺留分放棄を許可する審判を取り消し、又は変更することが許される事情の変更は、遺留分放棄の合理性、相当性を裏づけていた事情が変化し、これにより遺留分放棄の状態を存続させることが客観的にみて不合理、不相当と認められるに至つた場合でなければならないと解すべきである。」と述べました。
そして、「主張のとおり将来相続財産につき強制執行を受ける不安が解消したとしても、このような不安の解消によつて、抗告人につき遺留分放棄の状態を存続させることがことさら不合理、不相当と認められるに至つたものとはとうてい考えられない。」と判断し、遺留分放棄許可の審判の取消しを認めませんでした。
(東京高決昭和58年9月5日)
このように、遺留分放棄の審判後の撤回・取り消しは、遺留分放棄の前提となった事情が著しく変化し、明らかに放棄を維持することが不当となった場合に限られますので、注意しましょう。
遺留分放棄は弁護士にご相談ください
遺留分の放棄は、単に「権利を手放す」というだけではなく、将来の相続関係や家族間の関係にも影響を及ぼす可能性のある、重要な手続きです。
相続開始前の手続きの流れや遺留分放棄が認められる要件、遺留分放棄後に起こり得る問題など、事前に理解しておくべきポイントは多いです。
また、遺留分放棄が適切かどうかは、家庭ごとの事情や相続財産の内容によって判断が分かれます。
法律の専門家である弁護士であれば、遺留分放棄のメリット・デメリットを踏まえた上で、アドバイスすることができます。遺留分放棄のリスクや他の相続人との関係調整についても、法律的な見地から具体的にサポートいたします。
遺留分を放棄すべきか迷っている方、手続きに不安がある方は、一人で抱え込まずに、ぜひ一度弁護士にご相談いただくことをお勧めいたします。
遺留分放棄に関するQ&A
Q1.遺留分放棄の効果とは何ですか?
A:遺留分放棄の主な効果は、以下の通りです。
- 遺留分を放棄した人は、「遺留分侵害額請求」の権利を失う。
- 遺留分を放棄しても相続権は失わない。
- 相続債務については法定相続分通りに相続することになる。
- 他の共同相続人の遺留分には影響を与えない。
- 被相続人が自由に処分できる財産が増える。
これらの効果により、被相続人が不公平な遺言を遺しても、遺留分を巡るトラブルを防止することが期待できます。
Q2.遺留分放棄と相続放棄の違いは何ですか?
A:相続放棄とは、被相続人の財産に対する相続権の一切を放棄することをいいます。相続放棄をした場合、相続放棄をした人は、はじめから相続人ではなかったことになります。
一方、遺留分の放棄の場合、放棄する対象となるのは「遺留分」のみです。したがって、相続権は失いません。
そのほかにも、遺留分放棄と相続放棄にはさまざまな違いがありますので、ぜひ本記事でご確認ください。
Q3.被相続人の生前に遺留分放棄はできますか?
A:被相続人の生前に相続人が遺留分を放棄するためには、家庭裁判所の許可が必要です(民法第1049条)。
被相続人の生前に遺留分を放棄したい場合は、遺留分を放棄する者自身が、個別に管轄の家庭裁判所に対し「遺留分放棄」の申立ての手続きを行い、許可を得る必要があります。
なお、被相続人の死後(相続開始後)の遺留分放棄については、家庭裁判所での手続きは不要です。
まとめ
本記事では、遺留分の放棄について弁護士が解説させていただきました。
相続人の一人に遺産を相続させたい場合や、財産を細かく分配したくない場合などに、遺留分の放棄は非常に有効な手続きです。
ですが、遺留分放棄は、遺留分侵害額請求をする権利を失うという、重大な効果をもたらすものです。そのため、遺留分放棄が認められるかどうかは、家庭裁判所で厳格に判断されることになります。
また、遺留分の放棄について一度家庭裁判所の許可を得た場合、原則として撤回することはできません。
遺留分の放棄自体は相続開始後にも可能ですので、遺留分を放棄するか否か、慎重に検討しましょう。
遺留分の放棄についてのお悩みがありましたら、ぜひ弁護士法人あおい法律事務所にご相談ください。当事務所では、弁護士による法律相談を初回無料で行っております。
この記事を書いた人
略歴:慶應義塾大学法科大学院修了。司法修習終了。大手法律事務所執行役員弁護士歴任。3,000件を超える家庭の法律問題を解決した実績から、家庭の法律問題に特化した法律事務所である弁護士法人あおい法律事務所を開設。静岡県弁護士会所属。
家庭の法律問題は、なかなか人には相談できずに、気付くと一人で抱え込んでしまうものです。当事務所は、家庭の法律問題に特化した事務所であり、高い専門的知見を活かしながら、皆様のお悩みに寄り添い、お悩みの解決をお手伝いできます。ぜひ、お一人でお悩みになる前に、当事務所へご相談ください。必ずお力になります。







