遺言執行者とは?遺言の執行人の権限や選任申立ての流れを解説
遺言執行者とは、遺言の内容を実現するために選ばれる人物であり、遺言者の意思を尊重し、遺産の分配や相続手続きを円滑に進める役割を担います。遺言執行者の権限は、遺産分割や財産の管理、債務の弁済など多岐にわたりますが、その活動には法律に基づく厳格な手続きが求められます。遺言執行者を選任することで、相続人間の争いや混乱を未然に防ぎ、スムーズな相続手続きを実現することが可能です。
本記事では、遺言執行者の具体的な権限や義務、選任申立ての流れについて詳しく解説します。これから遺言を作成しようと考えている方や、遺言執行者の選任を検討している方にとって、必要な知識を提供し、安心して遺言の執行が行えるようサポートいたします。遺言執行者の役割と重要性を理解し、適切な対応を心掛けるために、ぜひこの記事をご一読ください。
目次
遺言執行者とは?
遺言執行者とは、亡くなった人が書いた遺言書の内容を実行するために選ばれる人のことです。遺言執行者は、遺産相続に関わる手続きや遺産の分配を行う義務と権限を持ちます。一般的には「ゆいごんしっこうしゃ」と読みますが、法律用語としては「いごんしっこうしゃ」とも読みます。また、「遺言執行人」とも呼ばれますが、同じ役割です。
平成30年7月1日に施行された民法改正により、遺言執行者の権限がより明確になりました。(参考:法務省ホームページ「遺言執行者の権限の明確化等 」)これまでは遺言執行者は主に相続人の代理とされていましたが、今では遺言書の内容を実現するための強い権限が認められています。これにより、遺言執行者は遺言書に書かれた内容を確実に実行することができます。
遺言執行者は、遺言書に記載されている場合が一般的ですが、記載がない場合でも、相続人や関係者が家庭裁判所に申し立てて選任することができます。遺言執行者の役割と権限を理解することで、相続手続きを円滑に進めることができ、相続人間のトラブルを避けることができます。
以下では、遺言執行者の具体的な権限や選任の方法について詳しく解説します。
遺言執行者の権限・役割
遺言執行者は、遺言者が亡くなった後に遺言書の内容を実現するために選ばれる人物で、遺産相続に関わる様々な手続きを行います。遺言執行者には多くの権限が与えられており、その主な役割は以下の通りです。
相続財産の管理
- 遺言書の検認
- 相続人の調査
- 相続財産の調査
- 財産目録の作成
具体的な相続手続き
- 貸金庫の解錠・解約・取り出し
- 預貯金の払い戻し・分配
- 不動産の登記申請手続き
- 株式の名義変更
- 自動車の名義変更
- 保険金受取人の変更
特別な権限
- 非嫡出子の認知
- 相続人の廃除とその取り消し
遺言執行者は、遺言内容を確実に実行するために独立した立場で職務を遂行します。たとえ相続人と利益が相反する場合でも、遺言の内容を優先して執行します。特に、非嫡出子の認知や相続人の廃除、その取り消しなどは遺言執行者にしかできない行為です。また、法改正により、遺言執行者は単独で相続登記の申請ができるようになりました。
遺言執行者の義務
遺言執行者は、上記のとおり権限が広く認められていましが、それに相応する義務を負います。
具体的には次のとおりです。
① 任務開始義務
遺言執行者に選任された者は、就任後直ちに任務を開始する義務があります。遺言執行者は、遺言者の死後速やかに活動を開始しなければなりません。正当な理由なく任務を開始しない場合、解任の理由となることがあります。
第千七条 遺言執行者が就職を承諾したときは、直ちにその任務を行わなければならない。
2 遺言執行者は、その任務を開始したときは、遅滞なく、遺言の内容を相続人に通知しなければならない。
(e-Gov法令検索「民法1007条」)
② 相続人への通知義務
遺言執行者には、相続人全員に対して通知を行う義務があります。この義務は2019年の民法改正により追加され、遺言執行者が必ず履行しなければならない重要な役割です。
民法が改正される前は、遺言執行者が相続人に通知を行わずに相続手続きを進めることが可能でした。このため、相続人が遺言の内容や財産状況を知らないまま手続きが進行し、遺言執行者と相続人の間でトラブルが発生するケースが多くありました。これを防ぐため、2019年に民法が改正され、遺言執行者に通知義務が課されるようになりました。
遺言執行者は、相続人全員に対して通知を行う必要があります。具体的な通知のタイミングは以下の通りです。
- 遺言執行者に就任したとき
- 相続人から請求があったとき
- 遺言執行が終了したとき
通知には以下の情報を含める必要があります。
- 遺言執行者に就任したことの報告
- 遺言内容の報告
- 遺言執行者として行った職務内容の報告
- 遺言執行者として行った職務結果の報告
これにより、相続人は遺言の内容や進捗状況を把握することができ、不透明な手続きが進行することを防ぎます。
通知義務を怠った場合、相続人からの請求があっても無視を続けた場合には、遺言執行者は解任される可能性があります。
③ 財産目録の作成義務
遺言執行者は、遺言書に記載されている財産の目録を作成し、相続人に交付する義務があります。財産目録には、遺言書に記載された財産のみを含めます。遺言書に記載されていない財産については、遺言執行者の権限外です。
第千十一条 遺言執行者は、遅滞なく、相続財産の目録を作成して、相続人に交付しなければならない。
2 遺言執行者は、相続人の請求があるときは、その立会いをもって相続財産の目録を作成し、又は公証人にこれを作成させなければならない。
(e-Gov法令検索「民法1011条」)
④ 遺言内容の執行
遺言執行者は、遺言書の内容を実現するために必要な行為を行う義務があります。例えば、遺言書に不動産が記載されている場合は、相続人と共に移転登記申請を行います。また、預金債権や証券がある場合は、金融機関での相続手続きを経て、解約金を相続人に振り込むことが求められます。
⑤ その他の義務
遺言執行者には、委任に関する法律も準用されており、以下の義務があります。
- 善管注意義務: 遺言執行者は、善良な管理者としての注意を払って業務を遂行する必要があります。
- 相続人への報告義務: 遺言執行者は、相続人に対して業務の進捗や結果を報告する義務があります。
- 財産の引き渡し義務: 遺言執行者は、遺言内容に基づき、相続財産を適切に相続人に引き渡す義務があります。
通知義務違反をするとどうなる?
遺言執行者には、遺言の内容を相続人に通知する法律上の義務があります。しかし、この通知義務に違反した場合、遺言執行者は相続人に対して損害賠償の責任を負う可能性があります。また、任務を怠ったとして家庭裁判所によって解任されることも考えられます。
以下のようなケースでは、遺言執行者が遺言の内容を通知しなかったことにより相続人に損害が発生する可能性があります。この場合、損害を受けた相続人は遺言執行者に対して損害賠償を請求することができます。
1.遺留分侵害の場合
遺言の内容が相続人の遺留分を侵害している場合、遺言執行者が遺言の内容を相続人に通知しないと、相続人は自分の遺留分が侵害されていることに気づかず、遺留分侵害額の請求を行うことができません。遺留分侵害額の請求には期限があり、遺言者が亡くなったことを知ってから1年以内に請求しなければなりません。遺言執行者が通知を怠ると、相続人はこの期限内に請求できず、結果として本来得られるはずの遺留分を失う損害が発生します。
2.公正証書遺言の存在を知らずに遺産分割協議を行った場合
相続人が遺言の存在を知らないまま遺産分割協議を行い、その後で遺言の存在が明らかになる場合も問題が生じます。本来、遺言書がある場合にはその内容に従って遺産を分割するべきですが、遺言執行者がその通知を怠ると、相続人は遺産分割協議を無駄に行うことになります。この場合、協議にかかった労力や費用が無駄になり、相続手続きが二度手間になるという損害が発生します。
遺言執行者が遺言の内容を通知しなかった場合、その結果として相続人に損害が発生すると、遺言執行者は損害を賠償する義務を負う可能性があります。さらに、任務を怠ったとして家庭裁判所によって解任されるリスクもあります。
遺言執行者ができないこと
遺言執行者にはできないことも存在します。その一つが相続税の申告です。
相続税の申告は、相続人や受遺者の固有の義務とされています。これは法律により明確に規定されており、遺言執行者が相続人や受遺者に代わって相続税の申告を行うことはできません。相続税の申告は、相続人や受遺者が自らの責任で行わなければならないため、遺言執行者の権限には含まれません。
遺言執行者になれる人は?相続人がなっても問題ない?
民法第1009条によれば、遺言執行者になることができない人は以下の通りです。
- 未成年者
- 破産者
これ以外の人であれば、遺言執行者として選任されることが可能です。つまり、未成年者や破産者でなければ、誰でも遺言執行者になることができます。
遺言執行者として選ばれる人が相続人である場合も、法律上なんら問題はありません。例えば、遺言書に「長男〇〇〇〇を遺言執行者に指定する」と明記されていれば、その長男は遺言執行者としての任務を果たすことができます。相続人が遺言執行者になることで、遺言の内容を理解しやすく、スムーズに相続手続きを進めることができる場合もあります。
ただし、遺言執行者は弁護士や司法書士などの専門家に依頼がおすすめ
遺言執行者は、弁護士や司法書士などの専門家に依頼することが強くおすすめされます。法律上は相続人を遺言執行者に指定することは問題ありませんが、実務上、様々なトラブルが発生するリスクがあります。
相続人を遺言執行者に指定する際のトラブル
- 相続人間の確執: 遺言執行者に指定されなかった相続人が不満を抱く可能性があり、これが原因で相続人間の確執が生まれることがあります。
- 不正疑惑: 遺言執行者が遺産の一部を不正に取得したのではないかと疑われるリスクがあり、相続人間の信頼関係が崩れる可能性があります。
- 手続きの遅延: 相続手続きに不慣れな相続人が遺言執行者となると、手続きに時間がかかり、相続手続きが遅れることがあります。
専門家を遺言執行者に依頼するメリット
- 公平性: 専門家は公平かつ中立な立場から職務を遂行するため、相続人間でのトラブルを未然に防ぐことができます。
- 専門知識: 専門家は相続手続きに精通しているため、効率的かつ確実に遺言の内容を実現することができます。
- 負担軽減: 相続手続きにかかる精神的および時間的な負担を大幅に軽減することができます。
さらに、遺言執行者を「〇〇弁護士法人」「〇〇税理士法人」などの法人にすることで、個人が亡くなるリスクも避けられます。法人に依頼すれば、遺言執行者が亡くなる可能性はなく、継続的かつ安定的に遺言執行が行われます。
遺言執行者は必要か?
遺言執行者は全ての相続において必須というわけではありませんが、遺言執行者の選任が絶対に必要となるケースもあります。また、遺言執行者の選任をおすすめする場合もあります。ここでは、遺言執行者が必要なケースと、選任することで相続手続きがスムーズに進むケースについて解説します。
遺言執行者しかできないことがある
遺言執行者がいないと実行できない手続きには、以下の2つがあります。
①非嫡出子の認知
非嫡出子を認知する場合、遺言執行者が認知の届け出を行う必要があります。相続人にはこの権限がないため、必ず遺言執行者を選任する必要があります。
②相続人廃除
特定の相続人から相続権を剥奪する相続人廃除の手続きも、遺言執行者にしか行うことができません。生前に廃除を実行している場合でも、その取消を遺言書で指示する際には遺言執行者が必要です。
③特定遺贈
特定遺贈とは、特定の財産を法定相続人以外の人に取得させることを指します。例えば、A不動産を法定相続人以外の人に遺贈する場合です。民法改正により、特定遺贈の履行は遺言執行者のみが行うことができるとされました(民法第1012条第2項)。そのため、遺言書に特定遺贈について記載する場合は、遺言執行者の指定が必要です。
遺言執行者を選任した方がよいケースも
次に、遺言執行者を選任しなくても相続手続きは進められますが、選任することで手続きが円滑に進むケースです。
①相続人に負担をかけたくない場合
相続人が現役世代で忙しい、遠方に住んでいるなどの事情がある場合、遺言執行者を選任することで、相続手続きの負担を軽減できます。
②相続人が手続きを自分で行うことが難しい場合
相続人に認知症の方がいる、非協力的な相続人がいる、または相続手続きに不慣れな場合には、遺言執行者を選任することでスムーズに手続きを進めることができます。
遺言執行者選任の方法
遺言執行者の選任方法には、①遺言書で選任する方法と②亡くなった後に家庭裁判所で選任してもらう方法の2つがあります。ここでは、基本となる遺言書で遺言執行者を選任する方法について詳しく解説します。
遺言書で遺言執行者を選任する方法は、遺言書内に遺言執行者を特定する情報(氏名、生年月日や住所など)を記載するだけで完了します。これにより、遺言者が生前に遺言執行者を指定し、遺言の内容を確実に実行することができます。
氏名:(遺言執行者の氏名)
生年月日:(遺言執行者の生年月日)
住所:(遺言執行者の住所)
職業:(遺言執行者の職業)
遺言執行者は、不動産の移転登記手続き、預貯金の解約及び払戻し、名義変更、貸金庫の開扉、貸金庫契約の解約その他この遺言の執行に必要な一切の権限を有する。
第〇条 遺言執行者の報酬は、遺産総額の〇パーセントと定める。
遺言書に遺言執行者を記載することは重要ですが、いくつかの注意点があります。まず、遺言書に遺言執行者を記載しただけでは、その人に遺言執行者としての義務が自動的に発生するわけではありません。特に、事前に知らせないまま家族や友人を遺言執行者に指定した場合、その人物が負担を感じて就任を拒絶する可能性もあります。
遺言執行者の選任に際して、事前に候補者の承諾を得ることは法的な要件ではありません。しかし、可能な限り事前に承諾を得ておくことが望ましいです。事前に了承を得ておくことで、相続開始後にスムーズに遺言執行者としての任務を引き受けてもらえる可能性が高まります。
遺言書に遺言執行者の記載がない場合や、指定された遺言執行者が辞退した場合には、家庭裁判所で遺言執行者を選任してもらう方法もあります。この場合、相続人や利害関係者が家庭裁判所に申し立てを行い、適任者を選任してもらいます。
以下では、遺言執行者を家庭裁判所に選任してもらう方法について、その手続きの流れを詳しく解説いたします。
遺言執行者選任申立の流れ
遺言執行者が必要となる場合、相続開始後に家庭裁判所で遺言執行者を選任してもらう必要があります。以下のような状況に該当する場合、家庭裁判所への申立てが必要です。
家庭裁判所への申立てが必要な場合
- 遺言書で遺言執行者が選任されていない場合
遺言書に遺言執行者の記載がなく、遺言執行者が指定されていない場合。 - 遺言書で指定された遺言執行者が遺言者より先に死亡している場合
遺言書に遺言執行者が指定されているが、その遺言執行者が遺言者の死後に死亡している場合。 - 遺言執行者が就任を拒絶した場合
遺言書で遺言執行者が指定されていたが、その者が遺言執行者としての役割を引き受けることを拒否した場合。
なお、家庭裁判所に遺言執行者選任の申立てができるのは、遺言者が亡くなり、遺言書の効力が発生した後です。遺言者の生前に家庭裁判所に遺言執行者の選任を申し立てることはできません。
特に、自宅などで保管されていた自筆証書遺言の場合、遺言執行者の選任申立てに先立って遺言書の「検認」を受ける必要があります。検認とは、家庭裁判所で遺言書を開封し、以後の偽造や変造を防ぐ手続きです。
以下では具体的に手続きの流れを解説していきます。
①必要書類を準備する
遺言執行者の選任を家庭裁判所に申し立てる際には、以下の書類を準備する必要があります。書類の詳細を表形式でまとめ、必要事項を解説します。
申立書 |
家庭裁判所に提出する基本的な書類。裁判所のHP「遺言執行者の選任の申立書」に掲載されている書式および記載例を参考に正確に記入。 |
遺言者の死亡記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本(全部事項証明書) |
遺言者が死亡したことを証明する書類。申立先の家庭裁判所に検認事件の事件記録が保存されている場合(検認から5年間保存)は添付不要。 |
遺言執行者候補者の住民票または戸籍附票 |
遺言執行者候補者の現住所を確認するための書類。最新の情報を取得すること。 |
遺言書の写しまたは遺言書の検認調書謄本の写し |
遺言書の内容を証明する書類。申立先の家庭裁判所に検認事件の事件記録が保存されている場合(検認から5年間保存)は添付不要。 |
利害関係を証する資料 |
申立人と遺言者の関係を示す書類(例:親族の場合は戸籍謄本)。親族以外の場合、適切な証明書類を用意する。 |
上記の必要書類の他に、遺言書1通につき収入印紙800円分の手数料と、連絡用の郵便切手が必要です。用意する郵便切手の詳細については、申立て先の裁判所にご確認ください。
なお、審理の過程で必要とされる場合には、追加の書類の提出が求められる場合もあるため、その際は裁判所の指示に従って速やかに準備しましょう。
②家庭裁判所に申立てる
書類の準備が整ったら、次に行うのは管轄の家庭裁判所に遺言執行者選任の申立てをすることです。管轄の家庭裁判所とは、遺言者の最後の住所地を管轄する家庭裁判所を指します。この家庭裁判所に必要書類を提出し、正式な申立てを行います。(管轄裁判所を調べたい方はこちら)
申立ができるのは「相続人、遺贈を受けた人、遺言者の債権者などの利害関係人」です。
申立てが受理されると、家庭裁判所から遺言執行者候補者に対して「照会書(回答書)」が送付されます。この照会書には、遺言執行者としての意向や必要な情報を確認するための質問が含まれています。遺言執行者候補者は、照会書を受け取ったら速やかに回答し、家庭裁判所に返信する必要があります。
③遺言執行者が選任される
家庭裁判所は照会書の回答内容を審査し、適任と判断された場合、遺言執行者を正式に選任します。
遺言執行者が選任されると、家庭裁判所から申立人と遺言執行者に対して審判書が送付されます。この審判書は、遺言執行者の選任が正式に認められたことを証明する重要な書類です。審判書が届くタイミングは、照会書への回答からおおよそ1週間から2週間後となることが一般的です。
審判書を受け取った遺言執行者は、これをもって正式に遺言の執行を開始することができます。遺言執行者は審判書を手元に置き、必要に応じて関係者に提示することで、自身の権限を証明することが可能となります。
遺言執行者に指定された人がやること│業務の流れを解説
①就職通知書と遺言書の写しを送付する
遺言執行者に指定された人がやることとして、まず重要なのは就職通知書と遺言書の写しを送付することです。遺言書で遺言執行者に指定された人が実際にその役割を引き受けるかどうかは本人の自由です。そのため、遺言執行者としての就職を承諾する場合には、その旨を明確にするために就職通知書を相続人に対して送付する必要があります。
遺言執行者が就職を承諾したら、民法第1007条の規定に従い、ただちに任務を開始するとともに、遺言の内容を相続人に通知しなければなりません。これを実現するためには、就職通知書と併せて遺言書の写しも相続人に送付することが必要です。遺言書の写しを送付することで、相続人は遺言の内容を把握し、遺言執行者がどのような手続きを行うのかを理解することができます。
②相続人と相続財産を調査し、財産目録を作成する
まず、被相続人の戸籍調査を行い、法定相続人を確定させます。これは、遺言書に記載された法定相続人の範囲を把握し、漏れている法定相続人がいないかを確認するために必要な作業です。
並行して、遺言執行者は被相続人の相続財産の調査も行います。この調査では、遺言書に記載されている財産だけでなく、遺言書作成後に発生した財産も含めて確定させる必要があります。相続財産の調査では、預貯金や不動産などのプラスの財産だけでなく、債務や未払い金などのマイナスの財産も徹底的に調査しなければなりません。これにより、相続財産の全体像を正確に把握することができます。
調査が完了したら、遺言執行者は相続財産目録を作成します。相続財産目録には、調査で確認したすべての財産を詳細に記載します。これには、預貯金の通帳、不動産の登記簿謄本、債務の証明書など、関連する全ての必要書類を集めることが重要です。
次に、この相続財産目録を相続人や包括受遺者に交付(通知)します。相続人から請求があった場合は、相続人や公証人の立ち合いのもとで相続財産目録を作成する必要があります。これは、民法第1011条において義務化されているため、遺言執行者はこの義務を確実に履行する必要があります。
③遺言の執行と業務完了の報告
遺言書の内容に沿って、指定の財産を指定された相続割合や分割方法で分配するための手続きを実行します。
例えば、遺言書に預貯金の払戻しや解約が指示されている場合、遺言執行者は金融機関に対して手続きを行い、指定された相続人に対して適切に分配します。また、不動産が相続される場合には、相続登記の手続きを行う必要があります。特定財産継承遺言が存在する場合、遺言執行者は単独で相続登記を行うことが可能です。その他にも、金銭の支払い、相続財産の売却なども遺言執行者の重要な役割です。
遺言の内容に基づく手続きが全て完了したら、遺言執行者は業務完了の報告を行います。これは民法第1012条第3項に基づくもので、遅滞なくその経過と結果を相続人や包括受遺者に報告しなければなりません。この報告は、「職務完了報告書」を作成し、送付することで行います。報告書には以下の内容を記載します。
まず、遺言執行者の職務が全て完了した旨を明記します。次に、遺言執行に係る具体的な職務内容を詳細に記載します。これは、どのような手続きが行われたのか、どの財産がどのように分配されたのかを明確にするためです。最後に、遺言執行中の収支内訳も報告書に含める必要があります。これは、遺言執行に関わるすべての収入と支出を詳細に記載することで、透明性を確保し、相続人や包括受遺者に対して信頼性の高い報告を提供するためです。
遺言執行者は解任することができる?
遺言執行者は、遺言の内容を実現するために多くの任務を担いますが、その役割を適切に果たさない場合や、その他の正当な事由がある場合には解任されることがあります。民法第1019条第1項では、以下のように定められています。
第千十九条 遺言執行者がその任務を怠ったときその他正当な事由があるときは、利害関係人は、その解任を家庭裁判所に請求することができる。
(e-Gov法令検索「民法1019条」)
①遺言執行者が任務を怠ったとき
遺言執行者に就任した人は、すぐに相続手続きや財産管理などの任務を開始しなければなりません。任務を開始したら、遺言の内容を他の相続人に知らせ、被相続人がどのような財産を持っていたかについてまとめた財産目録を作成する必要があります。遺言執行者には多くの任務があり、それらを怠ると相続人に代わって大きな負担がかかります。そのため、遺言執行者が任務を怠る場合、例えば、就任後すぐに任務に取りかからなかったり、必要な手続きを進めなかったりした場合は、利害関係者が家庭裁判所に対して解任を請求することができます。
②その他正当な事由があるとき
「正当な事由」とは、遺言執行者が重い病気にかかり任務を遂行できなくなった場合や、転勤などの事情により遠方に引っ越すことになった場合などが含まれます。これらの理由により、遺言執行者が任務を続行できない場合、利害関係者は家庭裁判所に対して解任を請求することができます。ただし、「個人的に遺言執行者のことが気に入らない」や「報酬を支払いたくない」という理由は正当な事由には該当しません。
正当な事由の基準は曖昧なことが多いため、事前に申立先の家庭裁判所に確認するか、相続に詳しい専門家に相談することが望ましいです。
遺言執行者の解任手続き
①家庭裁判所に申し立てる
遺言執行者の解任は相続人が決定するものではなく、家庭裁判所が最終的に判断します。そのため、解任を希望する相続人や受遺者の代表者が家庭裁判所に申し立てを行う必要があります。
遺言執行者の解任を希望する場合、まずは遺言者の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に申し立てを行います。
②必要書類を準備する
遺言執行者の解任手続きを進めるためには、以下の書類を準備する必要があります。
- 申立人の戸籍謄本、住民票または戸籍の附票
- 遺言執行者の戸籍謄本、住民票または戸籍の附票
- 遺言者の戸籍謄本、住民票または戸籍の附票
- 遺言書のコピー、または遺言執行者の選任審判書
必要書類とともに「家事審判申立書」を作成し提出します。申立書には申立先や作成日、被相続人や申立人の情報を正確に記入します。また、申立理由の欄には、解任を希望するに至った経緯や状況を詳しく記載します。申し立ての際には、手数料として800円分の収入印紙が必要です。
立書のフォーマットは裁判所のホームページ「遺言執行者の選任の申立書」からダウンロード可能です。
③家庭裁判所から審判書が発行される
遺言執行者の解任の審判が確定されると、家庭裁判所から「審判書謄本」が発行されます。家庭裁判所によって異なる場合がありますが、審判が確定するまでにはおよそ1ヵ月程度かかることが一般的です。
④遺言執行者の再選任
遺言執行者を解任した後は、新たに遺言執行者を選任する必要があります。解任後も遺言の内容を確実に実行するためには、新しい遺言執行者を速やかに選任し、家庭裁判所に申し立てを行います。
遺言執行者が死亡したらどうする?
遺言執行者がすでに死亡している場合、対応方法は状況によって異なります。
相続開始前に死亡した場合
遺言者がまだ存命であり、遺言書を書き直せる状態である場合、遺言執行者を改めて指定した新しい遺言書を作成することが最善の方法です。この場合、遺言書の内容自体に変更がないのであれば、新たに遺言執行者を指定するだけで済みます。しかし、以前の遺言書の内容が現状と一致しているかどうかをしっかりと確認することが重要です。
相続開始後に亡くなった場合
相続開始後に遺言執行者が就任し、その後に遺言執行者が死亡した場合、その地位は遺言執行者の相続人に承継されることはありません。
このため、遺言執行者が任務を遂行中に亡くなった場合でも、その地位は喪失し、新たな遺言執行者が必要となります。
この場合も、相続人や利害関係者は家庭裁判所に遺言執行者の選任を申し立てることができます(民法第1010条)。遺言執行者が途中で亡くなった場合、速やかに新たな遺言執行者を選任することが重要です。
遺言執行者に関するQ&A
Q: 遺言執行者の報酬はどのくらいで、支払いのタイミングはいつですか?
A: 専門家に遺言執行者を依頼した場合の報酬の相場は、「遺産総額の1~3%」ほどです。遺言執行者の報酬は法的に基準が定められているわけではありませんが、専門家によって報酬にばらつきがあるため、契約を結ぶ前にしっかりと確認することが重要です。
報酬の支払いタイミングについては、遺言者の死後、遺言者から引き継いだ遺産の中から相続人が支払うのが一般的です。ただし、支払額は遺言者の生前に専門家に遺言執行者を依頼し、契約を結んだ時点で決定することが通常です。
遺言執行者の報酬について、詳しくは下記記事を参照してください。
「遺言執行者の報酬はいくら?誰が払う?弁護士や司法書士などの費用相場も」
Q: 遺言執行者は辞任することができますか?
A: 遺言執行者は辞任することができますが、辞任のタイミングによって手続きが異なります。
遺言執行者に選任されても、就任「前」であれば辞任理由に関わらず、自由に拒絶することが可能です。この場合の拒絶理由は限定されておらず、特別な理由を示す必要はありません。
一方、遺言執行者に就任した「後」に辞任するには、正当な事由が必要です。例えば、引っ越しや病気などで職務の継続が客観的に困難である場合が該当します。単に職務が難しいという理由では辞任は認められません。
就任後の辞任には、家庭裁判所へ辞任の申立てを行い、家庭裁判所がその申立てに正当事由があるかを調査し判断します。就任後の辞任は手続きが厳しく、辞任が認められるハードルが高いため、遺言執行者に就任する前に職務を完遂できるかどうかを慎重に検討することが重要です。
まとめ
遺言執行者とは、遺言者の意思を実現するために、遺言の内容を具体的に執行する責任を持つ人物のことです。遺言執行者は、遺言書に記載された遺産の分配方法や相続手続きを正確に遂行し、相続人間のトラブルを未然に防ぐ重要な役割を担います。遺言執行者の選任は遺言書で行うことが一般的ですが、遺言書に指定がない場合や指定された遺言執行者が辞退した場合は、家庭裁判所に選任を申し立てることが必要です。
遺言執行者には多くの権限が与えられており、相続財産の管理や分配、遺言内容の通知など、遺言の実行に必要な手続きを行います。しかし、相続税の申告など、相続人や受遺者の固有の義務については代行できない点に注意が必要です。また、遺言執行者がその任務を怠った場合や正当な理由で任務を遂行できなくなった場合、家庭裁判所に解任を請求することができます。
この記事を通じて、遺言執行者の役割や権限、選任申立ての流れについての基本的な知識を深めていただければ幸いです。相続に関する疑問や具体的な相談がある場合は、ぜひあおい法律事務所にご相談ください。
この記事を書いた人
略歴:慶應義塾大学法科大学院修了。司法修習終了。大手法律事務所執行役員弁護士歴任。3,000件を超える家庭の法律問題を解決した実績から、家庭の法律問題に特化した法律事務所である弁護士法人あおい法律事務所を開設。静岡県弁護士会所属。
家庭の法律問題は、なかなか人には相談できずに、気付くと一人で抱え込んでしまうものです。当事務所は、家庭の法律問題に特化した事務所であり、高い専門的知見を活かしながら、皆様のお悩みに寄り添い、お悩みの解決をお手伝いできます。ぜひ、お一人でお悩みになる前に、当事務所へご相談ください。必ずお力になります。